EU新循環経済行動計画のポイント その22
研究、イノベーション、デジタル化を通じた移行推進
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公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)
持続可能な消費と生産領域
主任研究員
粟生木 千佳(あおき ちか)様
2016年から2017年にかけて、「EUのCE(Circular Economy)政策」について、お伺いしたIGES(Institute for Global Environmental Strategies)の主任研究員 粟生木 千佳 様に、2020年3月11日に発表されたEU新循環経済行動計画(Circular economy action plan(europa.eu))についてお伺いします。
【その22】研究、イノベーション、デジタル化を通じた移行推進
今回は、「6. 分野横断的取組」の3回目の「研究、イノベーション、デジタル化を通じた移行推進」についてお伺いします。
改めて見ると、分野横断的取組について、気候・経済・研究DXと3つの分野において言及しているんですね。
6.1 気候中立性の前提条件としての循環性
6.2 経済を正しく
6.3 研究、イノベーション、デジタル化を通じた移行推進
背景
- 欧州ビジネスは、循環イノベーションのフロントランナー
EUは循環イノベーションのフロントランナーだからこそ、更にイノベーションを促進しなければならない、という自負は、次の「7. グローバルレベルでの取組主導」にも続いていくのでしょうね。頼もしいです。
方針と施策
- 欧州地域開発基金、LIFE、Horizon Europeを通じた民間イノベーションの促進
- Horizon Europe:指標とデータ、優れた物質・製品、 safe by designアプローチを通じた有害物質の除去と代替え、循環ビジネスモデル、新製品・リサイクル技術(化学物質リサイクル含む)
- デジタルツールの役割も念頭に
- Horizon Europe:指標とデータ、優れた物質・製品、 safe by designアプローチを通じた有害物質の除去と代替え、循環ビジネスモデル、新製品・リサイクル技術(化学物質リサイクル含む)
- Marie Sklodowsaka Curie Actions(基金) :技能、訓練、研究者モビリティー支援
- 製品・部品・物質のフロー把握のためのデジタル技術
- スマートサーキュラー製品のための欧州データスペース
- 知的所有権レジームのデジタル時代とグリーン移行とEU競争力支援への適用
- 知的所有権戦略
それぞれ、お伺いしていきたいと思います。
- 欧州地域開発基金、LIFE、Horizon Europeを通じた民間イノベーションの促進
- Horizon Europe:指標とデータ、優れた物質・製品、 safe by designアプローチを通じた有害物質の除去と代替え、循環ビジネスモデル、新製品・リサイクル技術(化学物質リサイクル含む)
- デジタルツールの役割も念頭に
- Horizon Europe:指標とデータ、優れた物質・製品、 safe by designアプローチを通じた有害物質の除去と代替え、循環ビジネスモデル、新製品・リサイクル技術(化学物質リサイクル含む)
民間イノベーションを促進するための仕組みが、3つ(欧州地域開発基金、LIFE、Horizon Europe)ある、という事だと思いますが、そのうちHorizon Europeが例示されているという事は、Horizon Europeの規模が一番大きいのでしょうか?
そうですね。欧州には様々な基金がありますが、CEについては、主に、上記3つのファンディングを用いるということかと思います。それぞれ少し目的なども違いますし、規模も異なります。
欧州地域開発基金(ERDF)は、EUの地域間の不均衡を是正し、経済的、社会的、地域的結束を強化することを目的としているとあります。地域開発や振興のためのプロジェクト向けのもののようです。現在のフェーズである、2021年から2027年にかけて、よりスマートで環境に優しく、市民とより密接に結びついた、より社会的な欧州への投資を行うとあります。規模ですが、約2260億ユーロとありました。
(参考)EUホームページ:European Regional Development Fund (ERDF)
一方で、Horizon Europeは、EUの研究・イノベーションを支援、促進するためのプログラムHorizon Europeは、研究およびイノベーションのためのEUの主要な資金調達プログラムであり、気候変動に対処し、国連の持続可能な開発目標の達成を支援し、EUの競争力と成長を後押しするとあります。2021年から2027年までの予算は955億ユーロとなっていました。
(参考)EUホームページ:Horizon Europe
LIFEプログラムは環境と気候行動の分野で実施される地域や国レベルでのプロジェクトに資金支援を行う制度、現在は、自然および生物多様性、循環経済と生活の質、気候変動の緩和と適応、クリーンエネルギーへの移行に関するプロジェクトを対象としているとあります。2021年から2027年の間の予算は54億ユーロとありました。
(参考)EUホームページ:European Climate, Infrastructure and Environment Executive Agency
この他にも、様々な資金提供プログラムがこちらに載っています。
(参考)EUホームページ:Financing the circular economy
このなかで、特にHorizon Europeが強調されている理由は、私もよくわからないのですが、Horizon Europeを通じて、循環経済の達成に向けたイノベーションを促進するという計画は、旧行動計画の時から言われていました。
これを通じて様々な研究もされてきたと理解していますし、世界循環経済フォーラムなどで、起業家の人のプレゼンを見た際には、Horizon Europeの資金提供を受けているということが示されていたことも複数回ありましたので、循環経済を通じた新たな経済へ転換にむけて研究とイノベーションは不可欠ということなのかもしれません。
Horizon Europeで例示されている「指標とデータ」は、どうイノベーションに結びつくのでしょうか
はい、循環性に関する評価手法などは、まだ、検討中の部分も多く、循環経済の実現に向けてイノベーションを起こすとあっても、そのイノベーションを評価する方法が定まっていないと比較や選択ができません。そういった意味で、評価するための指標やデータの整備方法は重要です。
Horizon Europeで例示されている「優れた物質・製品」は、イノベーションの結果として(100%の完成度でなくても)応援しようという事でしょうか?
そうですね、英語ではnovel materials and productsなので、新規性のある優れた物質・製品を生み出すための研究やプロジェクトに資金提供し、社会のイノベーションを促すということかと思います。
イノベーションの結果として「有害物質除去は、循環させるために有害物質を取り除く」という事ですか?
はい。製品中の有害物質使用を回避することはEU政策での重要事項ですので、そのような理解でよいと思います。また、行動計画では、“safe by design” approachに基づいてとありましたので、設計段階から有害物質を使用しないアプローチを考えるということだと想像します。
循環ビジネスモデルは、ビジネスモデルとしてのイノベーション(新たな試み)を応援するという事ですか?
そうですね。製品サービス化や、もしくは、循環を促すような支援ビジネス、Enablerとよぶことがありますが、そういった新しいビジネスモデルを支援していくのだと思います。デジタル技術を活用した循環ビジネスモデルなどはこの領域かもしれません。
リサイクル技術は、選別とか原料の精製というようなリサイクル技術ですか?
はい。リサイクルの高度化とよく日本では表現していると思いますが、リサイクルの質を上げていくための技術と理解しています。また、行動計画には、ケミカルリサイクルも含めてと書いてあります。
そして、それらはデジタルも活用する、というような事なのでしょうか。
はい、上記の様々な取組にデジタルを活用して達成できないかということを念頭に置いていると理解しています。
- Marie Sklodowsaka Curie Actions(基金) :技能、訓練、研究者モビリティー支援
「人に対して技能訓練をする」という施策はその18でお話し頂きましたが、研究者モビリティーというのは何ですか?
EU新循環経済行動計画のポイント その18 市民、地域、都市のための循環型職業創出
はい、Marie Sklodowska Curie Actionsというプログラム等を通じて循環経済分野における研究者のスキル開発、トレーニング、モビリティを支援すると行動計画にはあるのですが、このMarie Sklodowska Curie Actionsは、Horizon Europeの一部で、博士課程教育および博士号取得後の研究者養成のための欧州連合の主要な資金援助プログラムとのことです。
優れた研究とイノベーションに資金を提供し、キャリアのあらゆる段階にある研究者が、国境を越えた移動と異なる分野や学科に触れることによって、新しい知識とスキルを身につけることができるようにするもので、優秀な研究者の長期的なキャリアに投資することで、欧州の研究・イノベーション能力の構築を支援するとありました。
モビリティーについては、『新しい知識、スキル、能力を身につけるために、国、分野、領域間の研究者のモビリティーを支援します。』ということなので、この場合は、循環経済について学びたい・研究したいと思う方に、国境を越えた移動と異なる分野や学科に触れる(例えば、大学・職場を変えることや大学や公的研究機関から民間へ行くことなどと想像します)ための援助を行うことと考えられます。
(参考)EUホームページ:Marie Skłodowska-Curie Action
またこれに加えて、このような循環経済を学ぶ・研究する人材を増やしていくことで、長期的には社会全体で循環経済への移行が促されるということもあると思います。実際に、循環経済に関するコースを設立した大学もいくつかあったと記憶しています。エレンマッカーサー財団のHPにも関連のページがあります。
(参考)Ellen MacArthur Foundation:Profiled universities
- 製品・部品・物質のフロー把握のためのデジタル技術
- スマートサーキュラー製品のための欧州データスペース
「欧州データスペース」というのは何ですか?フローを把握するための何かですか?
バッテリーについてご説明頂いた時に、“共通の電子交換システム(バッテリーデータスペース)を確立”とあったのですが、つまりは、データベースの様なものですか?
EU新循環経済行動計画のポイント その9 バリューチェーン ~バッテリー・車両~
行動計画の言葉をそのまま持ってきた方が分かりやすいと思いますので、示しますと、
『「スマート循環アプリケーションのための欧州データスペース」は、製品パスポート、資源マッピング、消費者情報などのアプリケーションとサービスを推進するためのアーキテクチャとガバナンスシステムを提供する。』とありました。
アーキテクチャは、構造や様式という意味の英語ですが、ここでは、IT業界の方が良く使うアーキテクチャの事を指しているのだと想像します。私も専門外なので、正確な定義は不明ですが、こちらを拝見したところ、『情報システムの設計方法、設計思想、およびその設計思想に基づいて構築されたシステムの構造など』とありましたので、循環経済を推進していくために、製品パスポート、資源マッピング、消費者情報などのアプリケーションを今後構築していくための基本的設計情報が示されている場所と理解しています。そのような新たな社会の仕組みを支える情報インフラに対しては、共通の理解があったほうが良いということでしょうか。。
(参考)IT用語辞典:アーキテクチャ
ところで、製品の持続可能性情報を表示するための製品パスポートですが、具体的な検討に入ったようです。
(参考)EuroAccess Macro-Regions:Digital Product Passport: sustainable and circular systems
- 知的所有権レジームのデジタル時代とグリーン移行とEU競争力支援への適用
- 知的所有権戦略
グリーン化を促進するための武器として、知的所有権を活用するという事なのでしょうか?
はい。行動計画では「欧州委員会は、知的財産が循環経済と新しいビジネスモデルの出現を可能にする重要な要素であり続けるよう、「知的財産戦略」を提案する予定である。」とありました。
そもそも、循環経済は、EUの競争力を高めるための手段との位置づけもありますので、これまでにお話したような取り組みを通じて、新たな素材・製品・サービスを生み出し、経済のイノベーションを促していくということなのだと思いますが、その際に、知的財産をしっかり保護し、そのような新たなサービスについて、EUの利益が確保できるようにするということかと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございます。