地球温暖化をどう理解するか その6
〜これから起こる変化〜
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)
理事長
浜中 裕徳(はまなか ひろのり)様
2015年11月~12月にパリで開催された気候変動枠組条約締約国会議(COP21)。この会議は、明確な長期目標の下で「待ったなし」の目標設定と温室効果ガスの削減実施が全ての国に求められることとなった歴史的な会議として注目されています。
今回のインタビューは、長年、日本の環境政策に携われてこられた IGESの理事長 浜中裕徳 様に「地球温暖化問題」について、お伺いしました。
企業や自治体で新たなアプローチが始まっていると、前回お伺いしました。今後、補助金などの政策的な後押しも必要ではないかと思いますが、その財源として、二酸化炭素への課税(炭素税)のような環境税が必要になってくるのでしょうか。
【その7】これから起こる変化
そうですね。
実は国内でも炭素税は既に実施されています。税率はスウェーデンなど欧州諸国に比べ低いのですが、税収は2600億円くらいあるようです。経産省、環境省で基本的には、省エネ対策、再エネ拡充、技術開発など、温暖化対策の財源として使われています。
しかし、今後検討される必要があるのは、グリーン経済や低炭素社会形成のインセンティブとなるような、今の10倍以上の税率での炭素税の導入だと思います。
そうなると、税収も数兆円という規模になりますし、導入に際しては例えば法人税減税の財源に充てるなど国全体としての税収のバランスを取る措置が重要です。環境改善への取り組みに積極的な企業は実質減税になる一方で、環境改善への取り組みが積極的でない別の企業では税負担が増え、日本全体で見れば、国に収める税金の額はほとんど同じで、ただ企業の活動によるCO2排出量により納税額が違ってくる形が考えられると思います。
その様な課税が始まると、さまざまな商品の値段の体系が変わり、低炭素型の商品が相対的に安くなり、選択されるようになりますので、企業から消費者に至るまで、とても効果が大きいと予想されます。
増税と減税を組み合わせる、アメとムチの政策ですね。インセンティブによって取組を促進する政策手法としては、税金が一般的なのでしょうか。
CO2排出量に価格をつける政策手法としては、「税」と「排出枠取引」という2つのアプローチがあります。
どちらが主流になるのか、現段階では何とも言えませんが、経済学者の間ではどちらかというと経済全体に広く効果があり、不公平感の無い「税」のほうがいいのではないかという意見が多いように思います。
これに対し、大口の排出者に対しては「排出枠取引」の方が効果的であるという見方もありますが、実際の制度設計を考えると個々の事業者に対してどれくらい排出枠を与えるのが妥当かを判断することがなかなか難しい面があります。ヨーロッパの事例をみると、政府の決めた排出枠が排出の実態に照らし緩く、当初見込んでいた取引価格が下落して排出削減効果があまり機能しなくなるなど、さまざまな課題があるため、現在は、政府が排出枠を与える方式から、オークションで排出枠を決める方向に徐々に移行しつつあります。
■韓国と中国は排出枠取引制度を導入しアジアへ拡大戦略
ヨーロッパの事例を参考にしながら、日本も主に「税制」を活用する形でCO2排出量に価格づけ政策が強化されると思います。排出枠取引については、日本では経済界の反対が強く、議論の俎上にすら載らない状況です。
その一方で、お隣の韓国では排出枠取引の制度が去年から導入されました。韓国で導入するとき「日本がやってないのに、なぜ韓国でやるのか」という議論もあったようですが結局導入されました。
さらに中国でも排出枠取引を地方レベルで数年間試行し、その経験を土台にして、2017年から全国実施をすることを決めたと米中首脳会談で発表をしています。
日本がまだ制度導入の議論をするかどうかを思案している間に、韓国、中国は導入を決めており、特に中国で全国的な取引制度が導入されると日本へのインパクトは大きいと思います。
COP21の際、パリで行われた中国、韓国の関係者との会合では、韓国が特に排出枠取引に対して積極的で、各国の排出枠取引の制度をお互いにつないでいきましょうと提言していました。取引の対象を韓国内に限らず中国や日本、さらにはアジアに広げて、アジア全体で排出を減らすプロジェクトを進めていこうという提言です。そこで生み出される削減量のクレジットを中国や韓国の企業が買うということを考え始めていると感じました。
中国も今はGDPあたりの排出量を何パーセント下げるかを目標としていますが、2030年までには総量削減のフェイズに入ると国連に出した報告書で謳っています。
国として総量削減を行う為には、各企業が自社の対策だけでは削減割当量を達成できず、国内から調達できるクレジットでも賄えない場合、あるいはより安価なクレジットが国外で得られるのであれば、クレジットの調達先はアジアや世界に広げざるを得ません。だから韓国はアジアの市場づくりに積極的になっているのだと思いますし、中国関係者もまんざらではない顔をしていましたので、関心があるのだろうと思われます。
日本は今、JCM(二国間クレジット制度)を通じて日本の環境技術を売り込もうとしています。しかし、このような制度面での下支えがあっても、中国、韓国の企業はコスト競争力があり、よっぽどしっかり取り組まないとアジアのマーケットを取られてしまう恐れがないとは言えません。
「日本の環境技術はコストが高いが、補助金が付くのでJCMの制度を使って、日本の技術を使ってください」という日本に対して、例えば、中国は「あなたの余剰排出権を大量に買いますから、うちの関連企業の技術を使ってください」と押してきます。「大量に買う」と言われたらそちらになびく可能性が高いと思います。
日本の技術力は高いけれども、だからと言って市場での競争力がある訳ではないという事でしょうか。
■高い技術も、国内でしか通用しない
世界一の省エネ大国、技術大国という過去の看板にあぐらをかいていると、気がついたら遅れをとっている、という状況になりつつあると思います。
日本企業の省エネ技術は相当高い位置にあるのは事実ですが、その技術やノウハウは国内市場、つまり自分達に合わせた仕様なので、海外に売り込むにはコスト高です。
それから、高いパフォーマンスは高度な保守管理を含めたノウハウによって生まれているのですが保守管理を含めたノウハウは形として見えないので、金額で判断されてしまうわけです。説明しても、「いいのは解るけれど高いですね・・」と言われてしまいます。金額の差が僅かであれば、ジャパンブランドの力も通用すると思いますが、顧客の要求を満たす必要充分なものを、格段に安く提示されたらそちらを選ぶのは当然です。この状況が続いていくと、中国、韓国製品に比べ納入実績が少なくなりますので、日本製品の認知度も薄くなってしまいます。
保守管理に関してうまく説明できるようにするとか、製品のスペックを落とすというような事が必要なのでしょうか?
私は政策面での対応が必要だと思います。パリ協定の下で、途上国も自国の削減目標を段階的に強化することが必要になります。日本国政府が相手国の政府を支援し、目先の規制値だけでなく、将来規制がこれだけ厳しくなるという見通しを作成してもらうことで、日本製の高い水準の技術が将来的にも安心して使っていけると判断されることになります。
また、それと同時に、資金面を含め、いろいろな支援体制を整えてもらうことも必要ですね。相手国に企業が規制をクリアすると得をする政策を作ってもらうことで、相手国の企業に高い水準の技術を採用する必然性が生まれ、日本の技術の採用の可能性も高くなると思われます。
逆に、そのような政策がないところで売ろうと思っても、(目先の)規制をクリアできて安価で、さらに他の利益がついてくるという営業にはかないません。相手国の実情を理解して、その政策にうまく合致する取り組みをしないと、効果が生まれない結果となります。
企業が温暖化対策の必要性は理解していても、企業の自主努力だけに任せるには限界があるため、インセンティブによって取り組みを促進する政策が検討されること、さらには日本だけでなく、海外に日本の技術を売り込むにあたっても、その国の政策について考える必要があるとお伺いし、目から鱗が落ちました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、浜中さまのご経歴 〜日本の公害問題〜 をお伺いします。