地球温暖化をどう理解するか その5
〜温暖化対策への新たなアプローチ〜
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)
理事長
浜中 裕徳(はまなか ひろのり)様
2015年11月~12月にパリで開催された気候変動枠組条約締約国会議(COP21)。この会議は、明確な長期目標の下で「待ったなし」の目標設定と温室効果ガスの削減実施が全ての国に求められることとなった歴史的な会議として注目されています。
今回のインタビューは、長年、日本の環境政策に携われてこられた IGESの理事長 浜中裕徳 様に「地球温暖化問題」について、お伺いしました。
前回は、ビジネスに及ぼす気候変動の影響について、お伺いしました。
今回は、温暖化対策へのアプローチについてのヒントをお伺いしたいと思い、楽しみにしております。
【その6】新しいアプローチ
従来取り組んできたことや積み重ねてきたことの延長線上で不具合を改善していくのは確実で非常に大事なことですが、温暖化対策が私たちに求めていることは大きな変革であり、これに対しては違うアプローチをお薦めします。
将来的な最終ゴールを、そこに至る道程は遠いかもしれないけどやらざるを得ないと決断し、そこから遡って、今何を始めなきゃいけないか、10年後、20年後にはどこまでいかなければならないかを考えるという発想でアプローチをしないと追いつかなくなると思います。
バックキャスティングでやるべきことを考える、ということですね。
そうです。
例えばトヨタさんは、2050年には基本的に内燃機関駆動の自動車は製造しないという長期ビジョンを発表しました。大変挑戦的ではあっても、将来到達すべき目標を定めたら、そのために今何をすべきかを考えられますし、10年後、20年後の到達点を描くことができます。言ってみればそういうやり方です。
テスラモーターズのビジネスモデル
最近、面白いと思ったのは、テスラモーターズというアメリカの電気自動車の会社のビジネスモデルです。テスラモーターズのビジネスモデルは、大きな電池を自動車に積むのではなくて、すでに普及している家電やOA機器等で一般的に使われている小型のリチウムイオン電池を自動車に大量に搭載するという考え方です。
これだけでも面白いのですが、さらに大幅にコストダウンをした電池を軸にいろいろなイノベーションを起こそうとしています。
実際にパナソニックなどと組んで巨大な電池工場をアメリカに建てています。莫大な投資で量産体制をつくり、コストダウンすることで「電池は高い」という前提を覆し、自動車だけでなく世界中の様々な分野で新しい需要が生まれ、そこにエネルギーシステムの新しい世界を開く可能性を追求しています。
エネルギーシステムの新しい世界ですか?
太陽電池のコストがどんどん下がっており、カリフォルニアなどでは住宅でソーラーパネルが普及しています。そこに安くなった電池を設置しソーラーパネルと接続すれば、昼間発電した電気を夜も使えます。
さらに、テスラモーターズの電気自動車と家の電池との間でいつもやりとりができます。もちろん、夜間の一番安い時に電力を買って、使いたいときに自由に使うこともできます。
つまり、自動車から始めて、エネルギーに広げていくというビジネスモデルです。
このように、電力会社でもない、昔からの自動車メーカーでもない会社が、世界の経済に大きなインパクトを与える可能性があることを始めています。パナソニックやトヨタがこの事業に参加していることも注目されます。
業種にとらわれずに革新を起こしていくのですね。
テスラモーターズのビジネスモデルのカギは既存のリチウムイオン電池の技術をどうやっていろいろなシステムに応用するかです。また、その量産体制を整えることで今まで考えられなかったコストダウンが可能となることから、展開できるビジネスモデルでもあります。もちろん技術の革新も必要ですが、予想がつきにくい抜本的な技術革新は前提にしておらず、むしろ既に商用化されている技術をベースとしたビジネスモデルの革新と言えます。
スマートコミュニティ
もう一つ最近、面白いと思っているものは、いわゆるスマートコミュニティやスマート都市です。
典型的な例は、前東大総長で、今、三菱総研の理事長をされている小宮山先生が提唱されている「プラチナ社会」です。老人福祉や健康といった日本の大きな課題と、エネルギーや環境、温暖化の課題を統合的に解決していこうというアプローチです。
ゼロ・エミッションの家は既にハウスメーカーさんが新築住宅で実現しています。ビルも、もう少しで実現できるところまで近づいてきています。
建物は自動車などに比べはるかに入れ替わりが遅いので、新築だけでなく既築の住宅やビルをどう改善していけるのかが、課題になり始めていると思いますが、その課題が新たなビジネスチャンスにつながっています。
課題がビジネスチャンスなんですね。具体的に教えて下さい。
現在、いろいろな自治体で、企業と連携しつつ、バイオマスや太陽光を用いた電力会社を設立し、自由化された電力市場に参入する動きが始まっています。電力の地産地消です。この場合、電力を住民に供給するときに、スマート端末を各戸に設置して電力消費を見える化するのですが、市役所など行政の立場から考えると、この端末のネットワークを活用してエネルギーだけではなく、福祉、保健といった行政サービスをワンストップで一体化して提供しようとしています。サービスの充実とコストダウンを両立させることを狙っているのです。
例えば、電力の使用状況からお一人で住んでおられる老人の方の見守りサービスなどが可能になります。
このような環境エネルギーの部署と保健福祉などの部署が横連携して行う事業は、小さい自治体ほど実施しやすく、既に始めようとしている自治体もあります。東京への一極集中化を抑える地域再生の一助にもなります。
また、省エネサービスの提供や、再生可能エネルギー発電を行う企業が自治体や農協など地域の主体と組んで様々なサービスを提供する動きも始まっています。そういうところでも新しいチャンスができ始めています。
今回お話しをお伺いして、大きな視点で問題解決を考える事が大切なのだと思いました。今まで誰も実施しなかった事、今までできなかった事を、今までの延長線上にない考え方で可能にすることで、革新が起こせるのですね。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、これから起こる変化についてお話しをお伺いします。