地球温暖化をどう理解するか その3
〜COP21の要点と世界の動向〜
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)
理事長
浜中 裕徳(はまなか ひろのり)様
2015年11月~12月にパリで開催された気候変動枠組条約締約国会議(COP21)。この会議は、明確な長期目標の下で「待ったなし」の目標設定と温室効果ガスの削減実施が全ての国に求められることとなった歴史的な会議として注目されています。
今回のインタビューは、長年、日本の環境政策に携われてこられた IGESの理事長 浜中裕徳 様に「地球温暖化問題」について、お伺いしました。
【その3】COP21の要点
浜中さんは過去のCOPや、今回のCOP21同行されておられますが、今回のCOP21の要点と特徴的な出来事があれば教えて下さい。
フランス・パリで開催されたCOP21では、全ての条約締約国が参加する2020年以降の新たな国際枠組みである「パリ協定」が採択されました。
その内容は、日本が長らく主張してきた「気候変動対策の実効性を確保するため、全ての国が参加する仕組みを作ることが重要である」という考え方に立って国際協定を定めることに世界中が合意したものです。気候変動のリスクを回避する上でまだ十分なものとは言えませんが、日本が主張してきた考えに沿った形で、2020年以降の新たな枠組みができたことになります。
また、枠組み全体のゴールとして非常に高い目標が掲げられています。
具体的には、将来的な気温上昇について2℃を十分下回るものとし、1.5℃に抑えることを努力目標に加えるという大変高い目標で、今世紀後半には化石燃料にほとんど依存しない社会に移行することを覚悟しなくてはならないということを意味しています。
この大変高い目標とその実現に向けて世界が動き出すというシグナルを送った協定が採択されたことで、我々人類社会が置かれている状況がご理解いただけると思います。
非常に高い目標を掲げたとの事ですが、そのための施策はどのようなものなのでしょうか?
まず、新たな枠組みの内容は、今までのように先進国を中心にした、限られた国が義務を負うのではなく、世界中全ての国に対し行動を起こすことが義務づけられました。
具体的には、各国ごとに削減目標をたて、この目標の達成に向けた対策の計画を国際的に約束します。そして、その約束を5年毎に見直しながら段階的に引き上げていくことにしました。また、削減約束実施のための国内措置を追求し、進捗について報告することも義務化されており、さらに長期低排出発展戦略の策定も求められています。そして、各国の5年毎の削減約束引き上げに当たっては、世界の取り組みの進捗状況を5年毎に点検・評価する「グローバル・ストックテイク」の結果を参考とすることとしています。
日本が長く提言してきた、誓約して実施状況を国際的にレビューする、プレッジアンドレビュー方式を採用していますが、同時に、高い目標に向けて世界的に取り組みが進むよう促す仕組みもつくられました。
途上国はこれまで国際的な法的文書の下で削減目標を公約し、取り組みの進捗を報告することはしてきておらず、初めてのこととなるので実施するのが大変だと思います。
一方、日本を含めた先進国はこれまでも削減目標を約束し定期的に取組の報告を提出し、国際的なレビューを受けてきていましたから大きく変わりません。ただこれまで「我が国(先進国)ばかりが削減義務を負って努力しても温暖化防止の道のりは遠く、不公平だ。」という言い逃れができなくなりました。
義務を課すのではなく、とにかく目標を立て公表し、行動して、結果も公開するという事が義務なのですね。
ここで日本が気をつけなければならないことがあります。
それは、「途上国を含めた世界全体が腹を決めて動き出した」、ということです。
世界中で新しいビジネスや投資のルールもでき、ビジネスチャンスが広がりつつあります。そんな中で、「自分(日本)は既に高い省エネ水準を達成しているから大丈夫だ・・」と思って動かないでいると取り残される恐れが強くなってきているということです。
特に、投資については世界の動向に注意が必要だと思いますし、製造業のビジネスモデルや技術開発の面でも、世界各国の動向への対応が必要になります。
世界の国が温暖化対策に動き出した、という事をまずは認識しないといけないのですね。
【4】世界の動向
そうです。世界の趨勢は今、非常に変わってきています。
IPCCをはじめとした科学の世界では地球温暖化の機構の解明が進み、危険を1とすればその1にかなり近づいてきていると認識されています。世界主要国の政冶リーダーも、化石燃料に依存しない社会への移行には多くの課題があるが腹をくくって動かなければならない時であると判断し、動きが始まっています。
日本では、腹をくくって動かなければいけない、という雰囲気にはなっていない気がしますけれども・・・。
そうですね、かつてのアメリカではロビイストが動いて、自動車排ガスの大幅削減法案を葬ってしまい、かえって企業の技術開発で日本などに遅れをとってしまいました。
今の日本は、経済発展にともない経済界が力をつけています。経済界でも実際にはいろいろなご意見があると思うのですけれども、特定の意見が産業界の意見であるかのようにまかり通り、それが政治を縛り、政策を縛るということになってしまっているのではないかと懸念しています。
これから大事なのは、地球温暖化問題の挑戦を真正面から受け止め、技術やビジネスモデル、そして経済社会システムを革新し、経済発展をしながら地球温暖化を食い止めていくことであると思います。
環境対策が必要ないと公言する会社はないでしょうが、環境対策にお金を掛けると企業収益にとってはマイナス要素となってしまいますので、企業が負担を少なくしたいと考えるのも当然であるようにも思います。
おっしゃるとおりだと思います。負担だけではやる気がでませんし、利益につながらないと長続きするわけがありません。しかし、気候変動のリスクの大きさ、深刻さと、パリ協定が送ったシグナルが世界にもたらす大きな影響を考えると、ビジネスモデルや生活スタイルに大きな変化は避けられず、世界の地球温暖化対策がこれから大きく変化することは確実です。
今年初め、オバマ米国大統領の一般教書演説、ステート・オブ・ザ・ユニオン・スピーチがありましたが、これまで8年間の政権の集大成とも言うべき内容でした。
8年前彼は「Change(変化)」をキーワードとして大統領選挙を戦い大統領に当選したのですが、大統領として最後の一般教書演説でもこの「Change」をキーワードとして語っていました。
今、私たちはとてつもなく大きな変化の時代に生きており、それはいい変化も悪い変化もあるが、好むと好まざるとにかかわらず変化は加速する一方だ。アメリカでは、これまで戦争、大恐慌など大きな変化の時代に、変化を恐れる者がいたが、私たちは過去のドグマにとらわれず、考えを改め、行動を変えることで、そうした恐れを克服してきた。
エネルギーについても、現状を変えたくない人たちがいるが、私たちは、古く汚いエネルギーに補助金を交付するのではなく、未来に、特に化石燃料に依存するコミュニティーに投資することによってエネルギー転換を促進し、新たに雇用を創出し、エネルギー輸入代金を節約し、地球環境を保全してきた。これからも恐れることなく果敢に変化に挑んでいこうではないか、アメリカが抱える課題に対して、変化に前向きに取り組んでいこう、という内容でした。
日本の地球温暖化対策も同じように変化を恐れず果敢に取り組むという姿勢が必要ではないかと思います。
変化に対しては誰でも不安があります。これまでと違う新しいことを始めて、うまくいくのか不安があるから、なかなか踏ん切りがつかないのです。
変化を恐れて取り組みを遅らせると、変化に対処する負担だけが増えていく。しかし、変化をうまく捉えてやりかたを変えていけば、そこに新しいビジネスチャンスが生まれる可能性があります。そうなると、地球温暖化対策は負担だけではなく便益があるという考え方に変えることができると思うのです。
変化する環境の中、ビジネスチャンスをつかんでいく、というのはとても難しいですが、とても大切な事だと思います。世界が変わっているなら、日本も井の中の蛙大海を知らずとならない為に、変わらなければいけないと感じました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、ビジネスに及ぼす影響についてお話しをお伺いしています。