地球温暖化をどう理解するか その4
〜ビジネスに及ぼす気候変動の影響〜
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)
理事長
浜中 裕徳(はまなか ひろのり)様
2015年11月~12月にパリで開催された気候変動枠組条約締約国会議(COP21)。この会議は、明確な長期目標の下で「待ったなし」の目標設定と温室効果ガスの削減実施が全ての国に求められることとなった歴史的な会議として注目されています。
今回のインタビューは、長年、日本の環境政策に携われてこられた IGESの理事長 浜中裕徳 様に「地球温暖化問題」について、お伺いしました。
【その5】ビジネスに及ぼす気候変動の影響
地球温暖化によって引き起こされる影響が、ビジネスに対してどんな影響を与える可能性があるのか、教えて下さい。
生産拠点の被災
数年前にタイのチャオプラヤー川の大洪水があり、その地域に立地していた日本の自動車メーカーなど多くの工場が被災し、サプライチェーンが寸断され、国内も含めた生産が止まるなど影響が出てしまいました。そして重要な生産拠点を災害に脆弱なところに置かない、あるいは災害があっても補完することができるサプライチェーンの構築に向け取り組みが進められました。
農産物の調達
IPCCレポートについてご説明したときに、地球温暖化が進むと異常気象の強度や頻度が高まるとともに、農業や水産業の生産が温暖化の影響を受けるといいましたが、アメリカで今まさにそれが起こっています。
農産物がサプライチェーンで重要な位置を占めているカーギル、ジェネラルミルズなどの企業は「このまま地球温暖化が進行したら、世界のどこに調達先を変えても、われわれのビジネスは立ち行かなくなくなる」とし、農産物の生産者とも協力し、サプライチェーン全般に亘る温暖化対策を強化するとともに、政府に対し対策の強化を求めています。
環境活動の活性化
また、気候変動によって農産物の主要産地が変わってしまうだけではありません。
世界が環境問題に目覚めて、環境破壊型の生産者からの調達が規制対象になったり、不買運動が起きたりしてしまうリスクも生まれています。
例えば、ユニリーバは企業トップが環境活動に非常に積極的であることで注目されています。現在、パーム油はマレーシア、インドネシアの大型プランテーションで生産されており、これらは環境NGOなどから環境破壊型の生産方式と言われていますが、ユニリーバの企業トップは自ら環境NGOと協力して「グリーンパーム」という認証システムを作り、この認証を受けた生産者に調達先を切り換えています。
この「グリーンパーム」認証を受けた生産者が本当に環境破壊型でないのかどうかは検証する必要があると思いますが、同じようなことが他のビジネスでも起きていると思います。
このように、気象変動の影響がいろいろ出始めています。
不確実性がないとは言えませんが異常気象の頻度や強度が増すことを想定し、自分達のビジネスにどういう影響が出るのか、サプライチェーンの観点や事業継続性の観点からリスクを把握し、そのリスクを避ける対策を講ずる必要があります。
金融・保険のリスクの回避
もう一つ最近、新しい動きが出てきていますのは、金融業、投資家や保険業で、彼らの見方が変わって来ています。
異常気象によって起きる災害は規模が大きくなる可能性があり、投資先が被害を受けると投資回収ができなくなる、あるいは、多額の保険金を支払わなければならなくなるリスクがあります。以前は気象災害の影響は比較的小さかったのですが、近年異常気象発生数が増加し、保険金支払額も大きく増加する趨勢にあり、今後はさらに異常気象の頻度と規模が大きくなると予測されていますので、重大なリスクのひとつとして温暖化による影響を考慮に入れ始めています。
二酸化炭素排出への課税
さらに、物理的な被害のリスクだけでなく、政策強化の流れも出てきています。
例えば、二酸化炭素の排出に課税する、つまり、化石燃料を燃やし二酸化炭素を排出することに税金がかかることになるのですが、そうなるとこれまでなかった影響が出てきます。
一番典型的なのは石炭や石油関係の業界ではないかと思いますが、ガスや電力、さらには鉄鋼産業などにも影響が出るでしょう。
資産価値の暴落
事業活動に伴って排出される二酸化炭素だけでなく、化石燃料関係の資産価値が下がる可能性もでてきます。
原油はエネルギー源として比較的安価であることから需要が見込まれ、将来価値を見込んで投資されてきたのですが、地球温暖化を防止するためには、今後排出できる二酸化炭素の総量が制限されなければなりませんが、そうなると化石燃料関係の資産は価値が損なわれてしまいます。
社会がその危険性に気づいた途端に巨大なバブルが弾ける可能性があります。それは金融システムの安定性を維持する観点から見過ごせないことです。
金融安定理事会
2015年11月にトルコで開催されたG20首脳会議で金融安定理事会から、金融資産の気候変動関係リスクについて新たな情報開示のルールを作るべきだという提案がなされ、そのルールづくりための作業部会のメンバーが12月のパリ会議の際に発表され、2016年末までに作業を終了させることとされました。
金融資産の気候変動関係リスクに関わる情報を開示すべきだということになると、日本でも何らかの形で実施することになるでしょう。
例えば、東京証券取引所の上場企業などについては化石燃料関係の資産がこれだけあると公表せざるをえなくなり、そうなると市場はその企業について「これだけの潜在的なリスクを抱えている」と判断するかもしれません。
そうすると、日本の投資家は若干反応が鈍いかもしれませんが、近年は日本の金融・証券市場に外資がかなり入ってきていますから、投資を引き揚げたり、金融機関の「貸しはがし」が起きたりしてくる可能性もあり、ビジネスに対して非常に大きなインパクトが出てくると考えています。
こういうことをいうと、多くの方は「そんな事は無いのでは」と思うかもしれませんが、国際的にはそのようなリスクが非常に注目されていて、本当に起こりかねない状況になっていると思います。
このように、気候変動リスクに関し世界で起こっている認識の変化に敏感になり、それが自分のビジネスにどういう意味を持つのか、どう影響するかということをしっかり把握し、経営判断しないといけないと思います。
以前日本がガラパゴスと揶揄されたように、日本が世界の流れに取り残されるような状況になりかねないということですか。
そうですね。世界の新しいビジネスのルールから取り残されてしまうことになれば、確かにガラパゴスのようになってしまうかもしれません。
日本経済は国内市場の占める割合が高いので、貿易に依存するヨーロッパ諸国に比べると影響は若干小さいかもしれませんが、これだけグローバル化した時代に海外市場を失うようなことをしていたら、経済全体も個々のビジネスも先行きは明るくないと思います。
温暖化によるビジネスへの影響が、危機管理や資産価値など、多岐に渡り、しかも経営へのインパクトが大きい可能性があるという事に驚きました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、温暖化対策への新たなアプローチについてお話しをお伺いします。