環境リスク規制の政治学的比較 その12
~なぜ化学物質規制を分析するのか~
関西学院大学 法学部 准教授
早川 有紀(はやかわ ゆき)様
【その12】なぜ化学物質規制を分析するのか
このシリーズも12回目となりました。
一度、これまでの流れをおさらいと、なぜ化学物質規制に着目したのか、どの規制に着目するのかとその理由についてご説明します。
■歴史的な動き
1990年代以降の化学物質規制や大気汚染といった環境リスク規制の改革において、EUでは他の地域や国に比べて企業負担の重い規制が導入されました。それは、環境リスク規制だけではなく、農薬や食品安全、消費者保護といった他のリスク規制についても同様です。
1980年代まではむしろEUのリスク規制は他の先進諸国に比べて遅れをとっていたにもかかわらず、1990年代以降に飛躍的に規制が厳格化された点で極端な事例といえます。
一方、日本は1960年代以降公害を経験したことから、1970年代に成立した化審法は新たに市場に流入する化学物質を管理する手法として世界で初めて成立するなど厳格な規制が制定されました。大規模な公害を経験したという点では極端な事例と言えます。その一方で、1990年代以降は急激な規則の厳格化はみられていないので、1990年代において比較する場合には極端ではない事例といえます。
■分析対象の選定について
環境リスク規制について検討するに当たって、私は「化学物質規制」に着目しました。環境リスク規制は何らかの形で化学物質を規制する形をとっているので、化学物質規制は環境リスク規制の中で重要な事例といえるためです。
ただ、化学物質規制と言っても色々ありますので、以下に着目して異なるカテゴリーの事例を選ぶこととしました。
■規制段階
規制段階に着目した分類として製造・使用段階と排出段階の規制に分けられます。
一般的には排出段階の規制に比べて製造・使用の規制の方が、経済活動に対してはより介入的であることが多く見受けられます。それは、製造・使用段階で化学物質を規制することによって、被規制者の経済活動を制約するためです。
たとえば、これまで使用できていた物質が規制されれば、その化学物質と同じ働きをする代替物質を探さなければなりません。代替物質を探すには、研究開発のための時間や費用といったコストがかかりますので、製品開発や製品の設計にもさまざまな制約が生じます。
化学物質の審査および製造等の規制に関する法律(以下、化審法)や農薬取締法は製造・使用段階の規制にあたります。これらの規制は、化学物質の登録を事業者や使用者に求めたり、特定の化学物質の製造や使用を制限したりします。
一方、特定家庭用機器再商品化法(以下、家電リサイクル法)や大気汚染防止法などは排出段階の規制にあたります。事業者に対して環境中に排出する化学物質に一定程度の制限を設けて、排出処理や工場施設からの排出に関して制限を設ける規制です。
■規制対象
規制対象に着目すると、プロセスに対する規制と製品に対する規制に分けられます。
プロセスに対する規制の方が各段階での介入が行われやすいとされていますが、製品規制はプロセス規制と比べて他国の規制の影響を受けやすいことが先行研究で示されています。なぜなら、企業は製品を製造する際に、輸出先の地域ごとに異なる仕様で製品を作ることは製造コストが高くなるので、法令遵守に係るコストを抑えるために、最も厳しい規制に合わせて製品を作ることになるからです。
この点、プロセス規制であれば、企業は製造・輸出する場所がどこであれ、国ごとに対応を変えられますので、他国の規制の影響は受けにくくなります。
このように、グローバルな市場においては製品規制において規制波及のメカニズムが働くことが予想されます。
化審法や家電リサイクル法はプロセスに対する規制です。事業者に対して、登録や処理といった「過程」に対して情報提出や方法に関する義務づけを行うことによって規制します。
一方、資源有効利用促進法では「製品」に有害化学物質が含まれていた場合に表示を義務付けています。
この2つの軸で整理すると、考えられる規制のパターンは、以下の表のようになります。
排出段階かつ製品を対象とする規制は存在しないため、実際の組み合わせとしては3パターンとなります。
排出段階と製品と両方を対象とする規制もありそうに思えますが、ないのですか?
例えば、自動車の排ガス規制のような規剤は、排出段階かつ製品を対象とする規制のように思えますが、製品設計に直接的に関わるので、排出段階ではなく製造・使用段階の規制に分類されます。
表 化学物質規制のパターン
製造・使用段階の規制 | 排出段階の規制 | |
---|---|---|
プロセス規制 | ①化審法/REACH規則 (※1) |
③家電リサイクル法 /WEEE指令 |
製品規制 | ②資源有効利用促進法 (J-MOSS) / RoHS指令 |
なし |
(※1)REACH 規則における高懸念物質の届け出制度については部分的に製品規制的な要素が含まれますが、RoHS指令と異なり材料単位ではなく成形品中の濃度をみるため、ここでは化学物質規制の登録制度を主とした規制として扱っています。
(※2)資源有効利用促進法は2006年に改正され、一定以上の有害含有化学物質を含有している製品に表示を義務付け、表示に関するJIS規格(J-MOSS)が政省令に反映されました。
上に示した表に、日本とEUで成立した代表的かつ規制対象が広い規制の事例を書き込んでいます。
これらの規制は、EUの廃目動車指令(ELV指令)や日本の自動車リサイクル法が、自動車を対象とするように単一の製品を規制対象と規制するものではなく、対象とする製品や物質の範囲が広い点で重要な事例といえます。
- ①化審法/REACH規則
- 化学物質の登録制度である化学物質審査規制法(化審法)とREACH規則は、化学物質などを製造・輸入する事業者に対して登録や情報提供を求め、使用方法について制限を行う規制です。
- ②資源有効利用促進法(J-MOSS)/RoHS指令
- 電気・電子製品に含まれる化学物質規制である資源有効利用促進法は一定以上の有害化学物質が含まれる場合、製品に表を義務付け、表示に関するJIS規格であるJ-Mossが政省令に反映されました。
RoHS指令は、電気・電子製品に含まれる有害化学物質について、最大許容濃度を規定し有害化学物質の使用(含有)を制限する規制です。 - (参考) 日本資源有効利用促進法・Jmoss-RoHS指令の基礎(独立行政法人中小企業基盤整備機構)
- ③家電リサイクル法/WEEE指令
- 電子電機製品のリサイクル方法を定める特定家庭用機器再商品化法(家電リサイクル法)とWEEE指令は、電気・電子機器廃棄物の発生抑制、再利用、リサイクルを促進するため、事業者に対して回収や費用負担について義務づける規制です。
比較するにあたり、同じ政策課題を扱う立法を対象とする必要があるため、化番法については2009年改正、RoHS指命および WEEE指令については2003年に成立した通称 RoHS1、WEEE1とよばれる規制を分析対象としました。
このように規制パターンを網羅した事例を選定することによって、多様な事例においても共通のメカニズムで説明できるかどうかを重視して比較分析を行います。
次回は、化学物質の製造・使用に対する規制(化審法/REACH規則)について説明します。
ご紹介頂いた法律はどれも知ってはいましたが、プロセスに関する規制なのか製品に関する規制なのか、製造・使用段階の規制なのか、排出段階の規制なのかという観点で考えたことはなかったので、非常に興味深くお伺いしました。
ありがとうございました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。