環境リスク規制の政治学的比較 その10
~規制内容に影響を与える要因とそのメカニズム~
関西学院大学 法学部 准教授
早川 有紀(はやかわ ゆき)様
【その10】規制内容に影響を与える要因とそのメカニズム
前回は、制度が異なれば規制者の権限が異なり、規制システムに違いが生じると説明しました。
今回は、その規制者の権限について詳しくみていきます。
政策課題の設定を含む政策形成過程と規制内容に影響を与える要因は2つあります。
「規制者が被規制者に対して有する権限」と、「規制者が政策実施に対して有する権限」です。
1. 規制者が被規制者に対して有する権限
規制者が被規制者に対して有する権限とは、政策立案を担う主たる規制者が、規制される側(被規制者)に対して有する権限です。
規制者が被規制者の個別の利益に配慮する動機を持つかどうかによって、規制者が被規制者にどれだけの負担を課すかが決まります。
被規制者の利益に配慮するというのは、どういう事ですか?
規制者が、被規制者を規制する権限や責任を持つだけでなく、被規制者の経済活動を発展させたり被規制者を育成する役割や責任も担ったりしている場合、被規制者の利益に配慮しよう、という動機を持ちます。
例えば、産業や建設などを担う省庁は、被規制者を規制するだけでなく、許認可権限によって安全な経済活動と産業発展を同時に確保したり、インフラを整備することで街の発展を企図したりするなど、経済活動を発展させたり被規制者を育成する役割や責任を担っています。
一方、国税や警察といった分野を担う省庁は、租税法の規定に応じて徴税を行ったり、道路交通法に従って車の速度制限を課すなどして、規制を実行するのが主な活動です。
このため、個別の規制毎に見ると、規制の担当組織が被規制者(企業等)に対して規制以外にも発展や育成といった役割も果たすか、あるいは規制のみの権限を持つのか、のどちらかに分類できます。
たとえば、再生可能エネルギー事業に対する許認可では、規制者が被規制者に対して事業運営に関する要件を課す一方で、再生可能エネルギー産業の発展を促進します。他方で、大気汚染防止の規制では、大気汚染を防止するために被規制者である工場などに対して規制を課しており、その規制が被規制者に係る産業発展を意図しているわけではありません。
規制者が被規制者の発展や育成を促進するなどの役割や責任を担っている場合には、政策課題の設定段階から規制者が被規制者の個別利益に一定程度配慮するので、被規制者の負担が軽くなるような内容の規制が立案されやすくなり、規制内容は緩やかになる傾向があります。
一方、政策立案を担う規制者が被規制者に対する規制の役割しか担っていない場合には、政策課題の設定段階で規制者が被規制者の個別利益に考慮する必要があまりありませんので、被規制者の負担を重くする内容の規制も立案されやすくなり、規制内容は厳しくなる傾向があります。
表1 規制者の被規制者に対する権限と規制内容
規制者が被規制者に対して有する権限 | ||
---|---|---|
規制以外(発展・育成等) の権限・責任あり |
規制する権限責任のみ | |
被規制者の個別利益への配慮 | 一定程度考慮 | あまり考慮しない |
規制内容 | やや緩やか | 厳しい |
2. 規制者が政策実施に対して有する権限
2つ目は、政策立案を担う規制者が政策実施に対して有する権限です。
規制者は政策実施の権限があるものではないのですか?
意外に思われるかもしれませんが、政策を立案する主体と実施する主体は必ずしも一致していません。
そして政策立案をする主体が、実施に対する権限・責任をどの程度有するかによって、政策課題をどのように設定するかや、どのような規制内容とするかといった方向性が違ってきます。
具体的には、政策立案主体が実施に対しても強い権限・責任を強く有している場合、規制者は規制内容を実効的なものにする責任がありますので、規制者は政策立案を行う段階から政策実施に必要なコストなどを見通した上で、過去のルールとの整合性や実施可能性を重視した規制を立案しようとします。
規制を守れる内容にしようとするのは、当たり前ではありませんか?
政策立案の段階でどこに重点を置くかの違いとも言えます。
実行可能な規制にする事に重点を置くのか、規制を用いてあるべき姿を長期的に導く事に重点を置くのか、というところでしょうか。
その9でも触れましたが、具体的な規制内容を制定するためには、規制者は被規制者と協調する必要があります。規制者は政策立案の早い段階から被規制者の意向に配慮するので、ボトムアップ的な制度設計となります。このように、政策を立案する主たる規制者が、実施に至るまでの権限や責任を有していれば、実効性や短期的目標を重視した緩やかな規制案が生じやすくなります。
一方で、規制者の組織内において政策立案主体と政策実施主体が分かれていたり、政策形成の主体が実施に対しての権限や責任を部分的にしか持っていなかったりする場合には、一般的に、実施に向けた具体的な議論は規制内容が定まった後に行われるので、規制者は実施に向けて規制内容を細部にわたって決めることはできません。
このため、政策立案段階では細かな内容ではなく、ルールの大枠や目指すべき方向性について決めることになりますし、規制案を検討する段階で過去のルールにあまり練られる必要はありません。
また、被規制者の意向をあまり反映しないという意味で、トップダウン的に内容を決めることができるため、規制案には規制者の理念や長期的目標が反映されやすくなります。
規制内容は、規制方針次第で厳しい規制になる場合もあれば、緩やかな規制になる場合もあります。
表2 規制者の実施に対する権限と規制内容
規制者の実施に対する権限 | ||
---|---|---|
実施に対する権限・責任あり | 実施に対する権限・責任が限定的 | |
政策形成の特徴 | 事前調整 ボトムアップ(被規制者の意向に配慮) |
事後調整 トップダウン(被規制者の意向に限定的に配慮) |
政策課題の設定および政策案形成地に重視される観点 | 実効性・実現性を重視 短期的目標を重視 過去のルールとの整合性を重視 |
理念を重視 長期的目標を重視 過去のルールにあまり拘束されない |
規制内容 | 緩やか | 厳しい/緩やか (規制の方針による) |
つまり、表1で示したように政策立案を担う主たる規制者が、被規制者に対して規制するだけでなく発展させるあるいは育成させるといった他の権限をもつ場合には緩やかな規制案が成立しやすくなり、規制する権限のみを持つ場合には厳しい規制案が成立しやすくなります。
また、表2で示したようにその規制者が実施に対しても権限や責任を有している場合には、被規制者の意向に配慮するという意味でボトムアップ的に政策が立案されるため、実現性や短期的目標を重視した緩やかな規制案が成立しやすくなります。逆に、実施に対して権限や責任が限定的である場合には、被規制者の意向に限定的にしか配慮しないという意味でトップダウン的に政策が立案されるため、規制者の理念や長期的目標が重視された規制案が成立しやすくなります。
被規制者に対する権限と、実施に対する権限の両方が影響を受けるのですか?
そうです。
例えば有害物質規制に関して、規制者の2つの権限と規制内容の関係についてまとめたものが、下の表です
表3 有害化学物質規制における規制者の権限と規制内容
実施に対する権限/ 被規制者に対する権限 |
実施に対する権限・責任あり | 実施に対する権限 ・責任が限定的 |
---|---|---|
規制以外も含む | 緩やか(日本) | 中程度 |
規制のみ | 中程度 | 厳しい(EU) |
日本とEUは対極的なんですね!!
日本では経済産業省、環境省、厚生労働省が有害化学物質規制の規制者になることが多いですが、今回分析対象とした規制では主たる規制者が経済産業省と環境省でした。経済産業省は、産業の育成など規制以外の権限や責任を、被規制者(企業)に対して有します。また、経済産業省も環境省も実施に対する権限や責任がありますので、規制の内容は実行可能性を重視した緩やかな内容になる傾向が確認できました。
一方でEUでは主たる規制者の被規制者に対する権限や責任が規制のみであり、しかも実施に対する責任や権限が限定的なので、規制の内容は長期的目標の達成を重視した厳しい内容になる傾向が確認できました。
EUと日本について、次回詳しく説明します。
ここまでお読みいただきありがとうございます。