環境リスク規制の政治学的比較 その7
~政治的要因 その3 制度~
関西学院大学 法学部 准教授
早川 有紀(はやかわ ゆき)様
【その7】政治的要因 その3 制度
比較政治学のインタビューも7回目になりました。
これからも、よろしくお願いします。
その4からその6にかけて、日本に比べてヨーロッパで1990年代以降に化学物質規制が強まった要因として挙げられている、経済的要因(その4)や、政治的要因の「政策アイディア(その5)」や「利益(その6)」について確認してきましたが、これらの要因だけでは十分に説明できませんでした。
そこで今回は、3つめの政治的要因として制度的要因についてみていきます。
3. 制度
■政党システム・選挙制度
ヨーロッパの政党システムや選挙制度が要因となったという研究があります。
政党システムというのは、イギリスは二党制、日本は多党制と社会の授業で習いましたが、そのことですか?
そうです。一党制、二党制、多党制などあります。
ところで、イギリスやアメリカは二党制と言われていますが、政党が2つしかないわけではありません。
え? 2つしかないから二党制なのかと思っていました。
一党制では中華人民共和国のように、法的規制などにより1つの政党しかないのですが、二党制において政党が2つしか認められていない訳ではありません。第3政党もありますが、小さな党が票を得にくい選挙システムなので、2つの主要な政党が議席の大半を占めています。
選挙システムが、政策に関係するのですか?
小選挙区制は二党制になりやすく、比例代表制は多党制になりやすい選挙制度と言われています。日本でも、中選挙区制から小選挙区比例代表並立制へ移行する際に議論になりましたので、記憶にある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
選挙制度は、有権者の考えを政治の場つまり国会の議席へと変換する大切な制度なので、少し話がずれますがお話します。
「小選挙区制」では、1つの選挙区から1人の当選者を選びます。一番得票数の多い1人だけが当選しますので、大きな政党の候補者が当選しやすいしくみです。新しく政党を結成しても、選挙区で1番の得票数を取らないと当選できません。
「中選挙区制」では、選挙区の定数は2以上(多くは3〜5)となるように選挙区が分割され、得票数が上位の候補者から当選となります。このため、比較的小規模な政党でも票を獲得しやすい制度です。
「比例代表制」では、基本的に「自由民主党」「立憲民主党」といった政党を投票先として決めます。
比例代表制では、得票数に応じて各政党の議席数が決まります。
得票数に応じて議席が獲得できますので、小政党でも当選しやすいしくみといえます。
こうした選挙制度の違いが政党システムに影響し、市民運動に対して異なる影響を与えることで、ドイツ、日本、アメリカにおいて環境規制の発展に違いをもたらしたという先行研究があります。
どういうことですか?
ドイツの選挙制度は比例代表制の効果が大きい小選挙区比例代表併用制です。1980年代に緑の党が環境保全や脱原発、平和などの市民運動を背景に結成されました。そして緑の党が一定程度議席を獲得し、政府の政策に対して働きかける役割を果たしました。
一方、例えばアメリカの議会選挙は小選挙区制で、日本は小選挙区比例代表並立制です。このような選挙制度の下では、緑の党のような単一論点政党が議席を確保するのは難しく、環境保護運動の活性化につがらなかったと分析されています。
では、選挙制度の違いで全ての政策の違いを説明できるのでしょうか?
いえ、そうではありません。
例えば日本では、平和・脱原発を掲げる「緑の党」が中選挙区制度下の1980年に結成されましたが、国政選挙で議席は確保できませんでした。しかし、1970年代以降、世界に先駆けた厳しい環境規制を成立させました。
また、1970年代のアメリカも、二大政党でドイツの緑の党のような政党がない状態でしたが、環境規制が強化されていました。
こうしたことを考慮すると、選挙制度や政党システムによってのみ規制の強さが決まるとはいえません。
■司法制度
次に、司法制度が規制政策に影響を与えるという研究があります。
日本で公害問題における環境規制が厳格化された際には、裁判所の判決がひとつの重要なターニングポイントとなり、規制強化の役割を果たしたと言われています。
判決が政策に影響するのですか?
日本において、四大公害裁判において裁判所が下した判決では、いずれも原告が勝訴し、公害の原因企業に対し損害賠償の支払いが命じられるとともに、企業の責任が厳しく追及されました。
こうした司法判断が化学物質規制の進展に影響を与えた可能性はありますが、予防をめぐる化学物質規制が制定された1990年前後には、規制内容に直接的に影響を与える重大な判決は存在していません。ですので、司法判断ということだけでは説明がつきません。
■過誤回避のディレンマ
官僚制という制度の特質に着目した研究として、行政の責任回避に関するものがあります。
行政が「するべきではなかったのにした」(作為過誤)という問題と「するべきだったのにしなかった」(不作為過誤)という問題を、同時に回避できないという「過誤回避のディレンマ」です。
どういうことですか?
例えば、予防接種という政策を実施すると(作為)、副反応による被害が発生する等として非難されますし、予防接種を実施しないと(不作為)、感染症による被害を発生させていると非難されます。
(参考)手塚洋輔(2010)『戦後行政の行動とディレンマ:予防接種行政の変遷』藤原書店
やっても非難され、やらなくても非難されるということでしょうか。
そうです。それが「過誤回避のディレンマ」です。
行政が政策決定をする際には、作為過誤を回避するか、不作為過誤を回避するか、どちらかを選択しなければならないのですが、生じうる過誤によって行政が「帰責されうるか」どうかによって、作為とするか不作為とするかを決めます。
つまり、事件や事故が起きる、又は、起きることが懸念され、行政が「帰責される」と判断する場合には作為を選び、そうではない場合には不作為を選ぶことになります。そのため、行政が作為を選んだ場合には、政策課題に対する規制レベルや政府介入の程度が強まり、不作為を選んだ場合にはその程度が弱まることになります。
ただ、これはもっともだとも思えますが、行政が帰責されるかどうかがわからない状況や、事件や事故が起こるかどうか予測できない政策課題については、この枠組みでは十分に説明することができない可能性があります。環境リスクのような「将来何らかの害が生じるかもしれないけれども、まだ何も生じておらず生じるかどうかもわからない」といった問題は、そのような政策課題であるといえます。
ですので、環境リスクに関して検討する際には、責任回避論以外の要因について分析を行う必要があると考えられます。
ここまでお読みいただきありがとうございます。