土壌汚染と不動産価格評価について−その5
土壌汚染対策法の改正が不動産市場に与える影響を考える(その2)
「その道の人に聞く」は、「土壌汚染と不動産価格評価について」と題し、日本不動産研究所の平倫明様にお話しをお聞きしています。
前回は、「土壌汚染対策法の改正が不動産市場に与える影響を考える(その1)」として、「掘削除去偏重は抑制されるのか?」についてお話しいただきました。
最終回の今回は、「土壌汚染対策法の改正が不動産市場に与える影響を考える(その2)」として、「これまでの不動産市場からみた法改正のポイント」についてお話しをいただいています。
土壌汚染対策法の改正による不動産市場への影響として、掘削除去偏重は抑制されるのか?についてお話しいただきましたが(前回記事)、その他の改正点についてはどのようにお考えか、教えてください。
これまでの不動産市場からみた場合、今回の土壌汚染対策法の改正については、先ほど(前回記事)お話ししたことのほか、以下の4点がポイントになると思っています。
- 調査契機が拡大されたこと
- 自然的原因による土壌汚染が法の対象となったこと
- 搬出汚染土壌の処理の規制が強化されたこと
- 区域指定された区域内の土壌の搬出にあたっては特定有害物質全物質の土壌分析により基準値以下であることを確認しない限りは全てを汚染土壌として処理することとなったこと
【「1. 調査契機が拡大されたこと」について】
これまでも法の適用如何に関わらず、健康被害を生ずるおそれの有無、さらには経済的リスクの観点から、不動産市場では、土壌汚染の有無を調査し、その状態(3次元の汚染分布や地下水汚染の有無等)を確認することで取引をしてきたわけですから、土壌汚染リスクを確認する、という方向性に変わりはないと思います。
ただ、法の適用範囲が拡がったということで、これまで自主的に行ってきたことが、法に規定された手続きを踏んでいかなければならないことになります。
特に今回の改正で新設された、一定規模(3,000㎡)以上の形質変更時の届出に際して、行政による調査命令の発出の基準は、土壌汚染のおそれの基準として条文化されていますが、この基準に該当するか否かの判断基準が明確になっていない現状において、管轄行政によってその判断が違ってはこないか・・・。
改正後の対応において、このようなことをよく耳にしますし、私も事前に相談にいくことがありますが、この点は明確になっていないと感じます。
土地利用という観点からいえば、ある程度の予測ができるだけの判断基準が示されないと、建築期間や事業全体のスケジュールに影響を与えることになります。
【「2. 自然的原因による土壌汚染が法の対象となったこと」について】
さらに自然的原因による土壌汚染も法の対象となったことで、これまで法の適用外となっていた自然堆積層中の土壌汚染の懸念や臨海部の埋立地における埋土由来の土壌汚染の懸念などに対して、どのような判断基準で調査命令が発出されるのか・・・。
例えば、土地利用上は深度2m程度しか形質変更しない場合に、それよりも以深に自然的原因の土壌汚染の懸念がある場合に、どのような調査が求められるのか・・・。こうしたことは、1. と同様に、建築期間や事業スケジュールに影響を与えるほか、調査費用など、コスト増にも繋がる可能性を持っていると考えます。
【「3. 搬出汚染土壌の処理の規制が強化されたこと」について】
改正後の区域指定のあり方に対する影響については、主には先ほど(前回記事)お話したとおりですが、区域指定後の区域内土壌の搬出にあたっては、その規制が強化されましたので、この手続きを踏むことで、一義的にはコスト増へ繋がることになりますね。
ただ、一義的に、と申し上げたのは、踏む手続きが増えたという点でコスト増、実際は、DOWAさんのように汚染土壌処理を受託される側の費用設定ということで、一定の競争が生まれれば変わってくる、という需要と供給の関係がありますので・・・。この点はDOWAさん、現状はいかがですか?
私ども汚染土壌処理を受託する側も、規制に対応するためのコストはかかっていますが、仰る通り、競争がありますので実際の値段は変わっていないというのが現状ですね。
【「4. 区域指定された区域内の土壌の搬出にあたっては特定有害物質全物質の土壌分析により基準値以下であることを確認しない限りは全てを汚染土壌として処理することとなったこと」について】
汚染土壌の処理費用という点では、この4. には留意が必要と考えます。
具体的に、法の適用によって、調査実施→土壌汚染あり→形質変更時要届出区域に指定となった開発物件を例に考えてみましょう。
法に基づく調査で、平面方向の汚染範囲を特定し、深度方向については深度1mまでが汚染範囲(深度1m以深に表層土壌で判明した基準値超過物質はない)として特定されているとします。そして、開発にあたっては、基礎工事などで深度2mまでの掘削・建設残土としての搬出が伴うとします。この場合、深度1mまでの土壌は、当然、汚染土壌として処理することになるわけですが、深度1m~2mの土壌は・・・。
ここでこの4. の規定が効いてくるわけですよね。つまり、深度1m~2mの土壌も区域内土壌なわけですから、搬出にあたっては「シロ証明」をしないと汚染土壌扱い、言い換えれば、表層土壌で判明した汚染物質は基準値以下であるが、他の物質の「シロ証明」をしないと、通常の残土して処理できない、ということです。
あくまでこの「シロ証明」は「任意」となっていますが、これだけの土量をすべて汚染土壌として処理すれば、大変なコスト増になります。「シロ証明」のための調査を実施するにしても調査費用の負担増、さらにはどのタイミングでこの調査を行うかなど、うまく開発スケジュールをコントロールしていかなければいけません。
ただし、この場合、一端深度1mまでの汚染土壌を除去して、区域指定を解除、これで法の規制対象外となるので、その後に残りの掘削をすれば、当然この④の規定は効いてこない・・・。開発スケジュールには多少影響は出てきますが、規制対象下にあるよりはコストの圧縮には繋がる・・・。しかし、次の場合はどうか・・・。
深度3m以深から土壌汚染が確認された形質変更時要届出区域であった場合。この場合は、先ほどの場合のような「区域指定を解除」してから、という対応は難しいですよね。特に②のように自然的原因による土壌汚染が法対象となったことで、物理的に土壌汚染の除去が困難な土地も、土壌汚染が確認されれば形質変更時要届出区域に指定されるわけですから、当該土地の土地利用にあたって深度2m程度の掘削・搬出しかしない場合でも、それが区域内の土壌搬出ということであれば、こうした土地利用をする度に「シロ証明」をしていなければ汚染土壌としての処理が強いられるわけです。
このように4. の規定は、コスト増という観点では3. とも密接な関係を持っていますが、特に開発物件については大変留意が必要なポイントですし、これは区域指定後の規制ですから、1. 及び2. の、どのような場合に調査命令が発出されるのか、は区域指定されるか否かの入り口の規定として、予測可能な判断基準といったものが示されることを不動産市場が求めるのは当然のことと思います。
改正によるプラスの効果はいかがですか?
これまでお話しした内容からすると、何とお答えしたらよいですかね・・・(笑)。
不動産市場への影響ということでいろいろお話しをしましたけれども、やはり、区域指定のあり方、つまり、旧法とその指定の基準に大きな変化はないまでも、指定段階で飲用井戸などの有無を明確にして、これをしっかり色分けするわけですから、「形質変更時要届出区域」の指定が、土壌汚染はあっても「安全性」という点で問題ない土地なんだとしっかり認識できるように機能していくことだと思います。
まさにこれは今回の法改正が目指す主旨と合致するのですが、そのためには、先ほど(前回記事)お話しした観点からも、もう少し突っ込んだ行政側が示す制度が必要なんだろうと思っています。
先ほど(前回記事)の「お墨付き」の話しに関連することです。つまり、汚染土壌を残置する場合に、将来のリスクがヘッジできるだけの「お墨付き」が得られないまでも、適正管理に係る「お墨付き」として、例えば「土壌汚染適正管理区域」として認証制度を創設するといったことです。
「土壌汚染適正管理区域」ですか。形質変更時要届出区域よりも、ポジティブな印象の言葉ですね。
消防法でいう、いわゆる「まる適マーク」(現在は「セーフティマーク」)のようなものです。
消防法では、ホテルの大火災の後、不特定多数の者が利用する旅館、ホテル、映画館等について、一定の点検項目を審査し、防火の基準に適合していることを示す「防火基準適合表示」を創設して、今は法改正によって、「防火対象物定期点検報告制度」として「防火優良認定証」などの交付に替わり、WEBサイト上でも「当ビルは防火優良認定証を取得しました」と保有不動産に対する安全性をアピールしています。これは、まさに消防法の安全基準を満たしている建物である、という行政の「お墨付き」ですよね。もちろん、火災が起こった時に行政が問われる「お墨付き(=保証)」ではない・・・。
土壌汚染についても、適正に管理していることをもう少し積極的な制度として「お墨付き」を出せないだろうか・・・。
土壌汚染対策法は、他の水質汚濁防止法や大気汚染防止法が水、大気を汚すことを規制する「防止法」に対し、土壌を汚すことを防止するものではなく、健康被害を生ずることを防止するために対策を行い、適正に管理をしていく「管理法」であるわけですから、先ほど(前回記事)ご質問があった「状況の変化」も視野に入れた、汚染土壌の管理のあり方を示す適正管理基準といったガイドラインが策定され、これに基づく管理を遂行することで、例えば「土壌汚染適正管理区域」として認証を受けるといった適正管理に係る「お墨付き」として区域指定が機能すれば、市場関係者の認識、ひいては社会全体の認識も変わってくるのではないか・・・。
もう少し言えば、社会全体の認識の変化によって、企業が負う責任が「汚したものはきれいにしろ」ではなく、適正な管理状態にあることが認識され「適正に管理していれば、そのままでいいのに、なぜCO2の排出にも繋がる無駄な掘削除去工事をする必要があるのか」といった問われ方にシフトしていくことが必要なんだと思います。
そして、さらに言えば、形質変更時要届出区域という形質変更時に規制がかかる区域ではあるが、企業の積極的な管理・点検報告によって、一定の基準を満たし、認証を受けた土地については、その規制の一部が緩和される(当然、緩和されるだけの管理・点検項目が必要だか)といった制度へと発展すれば、先ほどの規制に対するコスト増といった問題が、圧縮または管理・点検のコストへと分散する方向に向かうのだろうと思います。
最後に、今後の不動産市場における「環境」に対する動向について、教えてください。
ここ2年ほどの間に「環境不動産」という言葉をよく耳にするようになりました。
この言葉については、国土交通省がこの2年ほどの間に委員会形式で検討を行っていることに端を発していると思いますが、簡単に定義すれば、環境により配慮した不動産という理解でよいと思います。CO2削減や省エネルギー化、さらには持続可能な社会に向け、特に建物の環境性能を積極的に評価していこうという動きがあります。
東京都の温室効果ガス排出総量削減義務、同様の制度を埼玉県でも23年度には導入することが決まっていますが、こうした対応が不動産の価値にどのような影響を与えるのか、といったこともトピックスになっています。
当研究所では、こうした動きに合わせ、土壌汚染への対応の時と同様、2年ほど前から所内にプロジェクトチームを設置し、「環境不動産」をテーマとして、建物の環境性能評価やCO2削減義務に伴う不動産の価値への影響、さらにはCO2の吸収量に着目した森林価値のあり方など、今後の不動産市場に与える影響等の研究・検討を進めています。
当然、これまでお話しをした土壌汚染のほか、アスベストなど、不動産市場においてはネガティブな要因として、既にリスク定量化が計られ、不動産の価値低減として影響を与えている要因も、この「環境不動産」の一要因として捉えています。
その一方で、環境品質が高く、環境負荷低減が図られた建物の費用対効果といった側面での定量化が進み、これを評価軸として、果たして不動産市場においてポジティブな要因として捉えられ、不動産の付加価値として価値増進の要因となっていくのか否か・・・。
ネガティブな要因としての「負荷」価値、ポジティブな要因としての「付加」価値、そんな分け方で今後の不動産市場の動きを注視していくことが大事だと思っています。
是非、当研究所のホームページを開いて頂ければ、これまでの取り組みや対応サービス、投資家の方々へのアンケート結果などが見られますし、本の出版もしていますので、参考にして頂ければと思います。
また、今後の不動産市場を考えるにあたっては、昨今、財務戦略における不動産戦略としてCRE (Corporate Real Estate)戦略や、PRE(Public Real Estate)戦略といったことが話題になっていますが、資産除去債務に関する会計基準の対応など、IFRS(国際会計基準)への対応も視野に入れた企業会計に与える不動産のあり方についても、しっかりと認識をしなければいけません。
特に資産除去債務に関する会計基準の対応に見られるように、不動産に潜在する環境リスクを認識することについては、今後、保有不動産の適正な時価を把握することにおいて、これが定量化できなければ適正な時価の把握ができないことになりますから、よりその必要性は高いものになると思います。保有不動産と売却不動産を選別化していく過程においても、より早期に環境リスクを顕在化させるべく、スクリーニングツールなどを用いながら、段階的かつ早期に環境デュー・デリジェンスを行っていくことが非常に重要になってくると思います。
土壌汚染概算浄化費用算出システム(ReCCS)は、そのスクリーニングツールとして機能しますね。
そうですね、DOWAさんと共同で開発した「ReCCS(レックス)」は、土地に関する基本的な情報のみで、安価に、スピーディーに、その土地の汚染の可能性を評価し、その汚染を浄化した場合に必要な概算費用を算出できます。
現在は、金融機関の担保評価に資するツールとして、広く実績をもっているわけですが、今後は、こうした保有不動産に潜在する土壌汚染リスクを顕在化させるスクリーニングツールとして十分に機能すると思います。
具体的には、汚染の可能性評価で絞り込み、算出された概算浄化費用と簿価との関係でインパクトの強いものから調査を入れていくといった優先順位付けのスクリーニングツールとしての機能が考えられますね。
今後は土壌汚染に限らず、もっと広い視点で不動産の「環境」を捉えないといけないのですね。
おっしゃるとおりだと思います。
後半は、不動産の「環境」ということで現在の動きを含めて、広い視野からお話しをさせて頂きました。
不動産の「環境」が広く認識される過程においては、当コラム「その道の人に聞く」のお二人めの竹ケ原さんが携わられている業務のお話にもありました「環境格付け」が必要なんだと思っています。まさに「不動産の環境格付け」です。
プラス面の環境評価・認証に対して、土壌汚染地における「土壌汚染適正管理区域」の認証といった話をしましたけれども、マイナス面の環境評価・認証との相対により「環境格付け」がされることにより、土地・建物の一体の不動産として、結果、プラスの「環境格付け」が得られるといった、しくみや制度の確立が望まれます。
そのためには「環境」をどのように評価し、どのように認証制度などを構築していくのか、今は道半ばですが、竹ケ原さんが不動産プロジェクトへの融資がよりしやすくなるように(笑)、企業への「環境格付け」と同様、不動産の「環境格付け」の一助となるよう、今後も「環境」をキーワードにDOWAさんのようなご専門の方々とうまく化学反応しながら、方向性を導くことに尽力できたら、と思っています。
今後も、ご指導頂くとともに、ディスカッションも交えながら、上田さんが所属していらっしゃる「環境ソリューション室」という名称同様、不動産の「環境」に対して、ソリューションできればと思っていますので、引き続き、よろしくお願い致します。
今般は、このようなお話しをする機会を頂きまして、誠にありがとうございました。
私どもも、静脈産業(リサイクル・産廃処理・汚染土壌処理)のリーディングカンパニーとなるべく努力していますが、今後はもっと広い視野で「環境」に対してソリューションしていきたいと考えております。
平様、今回は貴重なお話をいただきまして、ありがとうございました。
(おわり)
全5回シリーズでお届けしました「土壌汚染と不動産価格評価について」は今回で終了です。