「REACH」と化学物質管理の潮流(その5)
三井化学株式会社
http://jp.mitsuichem.com/
レスポンシブル・ケア部 主席部員
REACHチームリーダー
荒柴 伸正 様
2007年6月に発効された欧州の化学物質の登録、評価、認可及び制限に関する規則「REACH : Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals」は、化学物質の管理基準として国際的にも産業界に大きな影響をおよぼしています。
今回のインタビューは、「REACH」を含めた化学物質管理のプロフェッショナルである三井化学株式会社の荒柴様に、「REACH」と化学物質管理についてお話をお聞きしました。
今回は最終回として、化審法と化学物質管理の今後についてお話しいただいています。
(その5)化学管理の今後 ~今後の流れ、世界の潮流~
化審法の改正 ITプラットフォームなど
日本にも今後、REACHのような仕組は導入されたりする動きはないのですか?
はい。最近の改正化審法から、REACHの考え方に近づいて行きます。
化審法ついて簡単に流れを説明しますと・・・
日本の化学品規制は、1973年にPCB問題が浮上したことが始まりです。
最近では2010年に改正化審法が施行されているのですが、それまでにも2回の見直しがありました。
第一回目の1986年には、蓄積性は無いが、難分解と長期毒性のある物質が追加され
第二回目の1996年には、生態系に影響のある物質を追加し、今後およそ5年を目処に見直しが行われる予定です。
今回の2010年の改正(2011年本格運用)では、従来までのハザード管理にリスク管理が加わることになりました。
これからは、日本で製造されたり、輸入されたりする化学物質の名称と製造量の届出が義務化されました。その中から、ばく露・有害性・リスクの観点から「詳細な安全性評価の対象となるもの」を経産省が抽出し、優先化学物質として指定します。
これを国がリスク評価して、製造や管理・使用を制限するなどの取り組みをすることになります。
経産省としては、REACHのような厳しいものを導入すると、多くの日本の事業者がやって行けないと考えているようです。取り組みはこの改正化審法でよいのではないかとおっしゃっています。
また、行政の縦割りの問題ということも影響が大きいですね。
化学物質の審査届出は経産省なのですが、例えば自社工場従業員のばく露対策などは厚労省の所管なんです。また、農薬でしたら農水省、医薬でしたら厚労省、一般化学物質だけが2つの省庁にまたがっているのです。我々としては、これらを抜本的に修正していただきたい、せめて窓口だけでも一元化していただきたいと思っています。
縦割り行政の弊害というのは、各所で語られていますが、化学物質はあらゆる「モノ」や「分野」に関わっていますから、多くの省庁にまたがってしまう典型ですね。
化審法にも影響を及ぼしているということは、世界各国で同様な動きになっていると思うのですが、REACH以外ではどの様な流れがあるのでしょうか?
前段階として、環境系に携わっていらっしゃる方にはご承知のことだろうと思うのですが、化学物質管理はなにもREACHや化審法だけが厳しくなっているのではなく、1992年にリオデジャネイロサミットがあって、アジェンダ21(用語解説:21世紀に向け持続可能な開発を実現するために各国および関係国際機関が実行すべき行動計画)が採択されたことが出発点になっています。
これが基になって10年後のヨハネスブルグサミットの持続可能な開発に関する世界首脳会議で”2020年までに化学物質の製造と使用による人の健康と環境への悪影響を最小化する“目標が定められ、そのための行動の一つとして、SAICM(用語解説:Strategic Approach to International Chemicals Management---国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ)を2005年末までに取りまとめるとされました。
この国連の合意には、当然日本政府も参加していますし、欧米以外に、アジア、南アメリカ、アフリカ諸国なども含めた合意事項として、各地域で行動し始めているのです。
その結果、GHS(用語解説)(Globally Harmonized System of Classification and Labeling of Chemicals:化学品の分類および表示に関する世界調和システム)もここで合意されて現在にいたっています。SAICM (国際的化学物質管理に関する戦略的アプローチ)は2006年ドバイで開催されたICCM(国際化学物質管理会議)でまとめられました。この合意に基づく戦略策定を国際政府間で合意したという流れになっています。
これまでの化学物質管理はこういった流れになっています。
その結果、ヨーロッパではREACH、CLP法(GHS)、中国では新化学物質環境管理弁法の制定。韓国でも2013年に韓国版REACHが予定されており、これはREACHと化審法を組み合わせたようなもので、まず量の登録をさせてその中からリスク評価する流れになっています。
マレーシア、ベトナムあたりではGHSが盛んになっていて、カナダではDSL(国内物質リスト)の中からChemical Management Planというものを進めています。
これらは世界的な流れとなっています。
そのような世界的流れの中で日本も化審法を改正しながら、同じような方向に向かってゆくのですね。
ところで、日本の化審法の改正などと比べてREACH制定の際には、スゴイ騒ぎになっていた印象があるのですがどうしてなのでしょうか?
それはですね、何故REACHが特別なのかという話しをしますと、ポリマーの登録はそれを構成するモノマー物質で登録するというしくみに由来しているからのように思います。
REACH以前の届出制度の場合、新規ポリマーを上市する際には、ポリマーとして登録するか、それを構成している新規モノマーで登録するかという2つの選択肢があったのですが、今回のREACHでは全既存化学物質を登録対象とすることになったので、既存のポリマーも改めて登録し直すのか?といった議論になりました。
そのときに、例えばポリエチレンならポリエチレンというもので一括りにできれば良いのですけどポリエチレンだけでもきっと何万と銘柄があるわけですから、それもちょっと難しい・・・。
では、いっそのことポリマーを登録免除にしよう・・・となるとヨーロッパ(EU)のモノマーメーカーは、必ず原料モノマーの製造登録をしなければならないのに、域外から流入してくるポリマーはポリマーでもモノマーでも登録しなくても良いことになってしまいます。結果として、域外のメーカーは作り放題でEUに輸出できるため、EU域内外格差が起きてしまいます。
既にポリマーはREACHの対象外であると決めてしまったので、(多分、妥協の産物だと思うのですが)ポリマーの製造・輸入にあたってはモノマーそのものを登録しなさいという制度になったのです。
もうひとつややこしいのが、Only Representative(唯一の代理人)という仕組がありまして、EU域外からポリマーを輸入する際には、同一のサプライチェーン上で各々の成分や構成モノマーが川上で登録されている必要があるのですが、域外からは登録できないので、EU域内に唯一の代理人を指定し、その代理人がモノマー等を登録するという仕組みを作っていることです。
EU域外の製造者は「代理人を指名して登録すれば」ポリマーも輸入できるといった制度を設けたため、結果タイヘンな事態になっています。
どうしてかといいますと、ポリマーの輸入者がモノマーを登録するとなったら、組成がわからないために、本当は何を登録すべきか判らなくなってしまうし、EU域外の川上モノマー製造者にとっては、それがサプライチェーン上の川下側でどういうポリマーに変換されてEUのどこの誰がどれだけ輸入しているのかもわからないので、何をどう登録すれば良いのかわからないという事態が少なからず起きています。
ポリマーの輸入にはは、複数の原料モノマーそのものにまで遡って登録を行わなければならないということから、なにやら余計に話がややこしくなったのです。
日本の化審法はポリマー輸入に際してモノマーまでは遡らないし、唯一の代理人制度というものもありません。化学品の輸入には輸入者自身が届出を行わなければダメなのです。
ただどんなに困難であっても、EU事業継続の為には絶対に取り組まなければならないという課題でもあったので、REACHの影響として大きかったのだと思いますね。今にして思えば、なぜREACHだけコレだけ大騒ぎしたのだろう?という疑問を持たれるのはもっともだと思いますね。
複雑ですね・・・複雑で膨大な量のデータ登録・管理・公開はどのように行われるか・・、管理も大変だと思うのですが?
製造メーカーなどが化学物質管理に必要な膨大なデータを作成して管理するには、ITツールのようなものが必要だと思うのですが・・・・
・・とはいえ確かに膨大なデータなので、個々の事業者が今でも盛んにデータベースの再構築を進めています。一方で、サプライチェーン全体でもその情報の共有化をどの様に図るか、今国内外での共通の課題になっています。
例えば、REACHでの届出や情報提供の義務が定められている成型品中の高懸念物質(SVHC)の情報伝達への取り組みとして、日本ではJAMP(アーティクルマネジメント推進協議会)という活動があります。これは、主として化学品メーカーが提供するMSDSPlusによる化学物質情報と、化学物質が成型品に変換されるとAIS(アーティクル・インフォメーション・シート)という共通のフォーマットによる部品事業者から川下のセット事業者に向かう一方向の製品含有化学物質情報の伝達プロジェクトです。
しかし、リスクに基づく化学物質管理では、一方向の情報伝達だけでは不十分で、双方向の情報伝達が必要です。
でも、共通のITプラットフォーム上で双方向の情報伝達を実践している事例は余り知られていません。先進的な取り組みとして、現在私はOR2IS(オーリス:ORを介したREACH登録を実施するために必要な双方向の情報伝達シート)という活動に取り組んでいます。11月には、GREEN eBASEという環境系の管理業務ソフトにこのOR2ISを搭載し取り組みをスタートさせます。このツールの普及により多くの事業者がe-メールで双方向に情報を伝えあい、全事業者がREACHで要求される数量管理など日常のコンプライアンス業務を極めて低いコストで、軽い業務負荷で実践できる世界をめざしています。
直接に間接にEU事業にリンクしている皆さんにも、是非このツールによるサプライチェーン上の双方向の情報伝達業務にご参加頂きたいと思っています。
詳しくは、以下のホームページからご確認頂ければと思います。
先月Brusselsで開催されたREACH/CLPの国際会議でこの“OR2IS”を紹介し、REACHにおけるソリューションの事例として注目を浴びました。
長らくのお付き合い有難うございました。
今後ともよろしくお願いします。
「化学物質」というと難しくて私たちとは関係のない所の話のように思っていましたが、今回インタビューをさせていただいて、化学物質は私たちの生活に密着していて、それを管理するために化学メーカーの方々が尽力されている事を知り、びっくりしました。
私たちが化学物質と上手に、安心して暮らせる世の中を実現するためにも、今後ともよろしくお願いいたします。
全5回シリーズでお届けしました「「REACH」と化学物質管理の潮流」は今回で終了です。