「REACH」と化学物質管理の潮流(その1)
三井化学株式会社
http://jp.mitsuichem.com/
レスポンシブル・ケア部 主席部員
REACHチームリーダー
荒柴 伸正 様
2007年6月に発効された欧州の化学物質の登録、評価、認可及び制限に関する規則「REACH : Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals」は、化学物質の管理基準として国際的にも産業界に大きな影響をおよぼしています。
今回のインタビューは、「REACH」を含めた化学物質管理のプロフェッショナルである三井化学株式会社の荒柴様に、「REACH」と化学物質管理についてお話をお聞きしました。
本日はお忙しいところお時間をいただきありがとうございます。
早速ですが、まずは荒柴さんの現在のお仕事の内容と今までどういったことをされてきたか、概略をお話しいただけますか。
デュッセルドルフ市民に愛され
続けているヤンヴェレム侯
私は、もともと三井東圧化学に入社して、大阪工場に十年余り、大船の研究所に数年いて、その後、本社に半年ほどいたあと、1993年からドイツのデュッセルドルフに駐在していました。
その後、三井石油化学工業と三井東圧化学が合併して、三井化学となりました。
97年に帰国し、工業薬品事業部と精密化学品事業部という2つの部署の技術スタッフを経験しました。
いくつかの汎用化学品では、当時からケミカルセーフティマネージメントをするためのグローバルコンソーシアムが開かれていて、海外を知っていると言う事もあったと思うのですが、事業部の化学品安全の技術スタッフとしてコンソーシアムにもいくつか出ていましたので、早くからREACHの存在は知っていました。
ヨーロッパでは法律を作る前に「白書」というものが出るのですが、REACHの前身となる「白書」が出てきた頃からヨーロッパでナニか動きがあるということは何となく知っていたんです。
その後、2003年ごろにREACH法のドラフトができて、欧州委員会と欧州議会にかかっている頃には、今までの体制ではやっていけないだろうということは、当時の担当者もわかっていて、当然、三井化学も準備を始めていました。
そのような流れの中で、当時の安全環境部に来いと言われたのが2005年4月で、そこでREACH担当を命ぜられ、早や6年になります。
たまたま日化協の「化学品安全活動」関係に関わっていたので、欧州議会への折衝にも参加させていただくなど中身を知っていたということもあって、ここに至っています。
国内ではREACHについてプロ中のプロだと思っておりますが、逆から言えばREACHしか知らないというわけなのですけど…(笑)。
荒柴さんは生粋の化学系だと思いますが、御社には化学系の方々が多いのでしょうか?もちろん機械・電気系の方や事務系の方はいらっしゃると思いますが、技術系といえばやはり、化学系の方が多いのでしょうか?
そうですね技術系ですと、化学・機械・電気などがおります。
伝統なのでしょうか三井石油化学はペトロケミカル(石油化学)が主でしたので三井石油化学系の人間は、機械系、プラントエンジニアリングが多いですね。
三井東圧化学のほうは化学反応そのものを知っている人間が多くいます。三井化学というのはそのような二社の融合体ですね。
私の部署はレスポンシブル・ケアの中の化学品安全グループでは、化学物質そのものを扱っていますから、ベンゼン環などの化学がわらないとちょっとハンドリングできないという問題がありますね。化学の専門知識が要求されますから。
会社全体だと…もちろん、機械・電気もいますし…最近はどうかなぁ~?
農薬も製造しているので農芸化学出身者もいますし、様々な広い分野の人材がいるといって良いんじゃないでしょうか。
<ちょっとコラム話>
ちなみに、最近中国では、化学系の人間を採るのが大変らしいです。
嘆かわしいことですが、化学物質による汚染被害などもあったりしてイメージが悪く…化学系という分野そのものが無いらしくて化学系の人間を採用するのが大変らしいと聞いています。
■そうなんですか。私は工学部の生物ですが、日本では、化学系は潰しが効くといって…化学系はケッコウ人気が高くて倍率も高かったですが、中国ではだいぶ事情が違うんですね。
身の回りにあるものは、自身のからだを含めて全て化学物質から成り立っているのに、著しい誤解がありますね。
お仕事としては、御社で製造している化学物質の登録をなさっているのですか?
そうですね、私どもレスポンシブル・ケア部は安全評価の窓口です。
化学品の安全評価などの試験は社内の環境・安全センターが行っています。
では、REACHについてザックリとお教え願えますでしょうか?
まず、REACHとは、
Registration(登録)、
Evaluation(評価)、
Authorisation(認可)、
and Restriction(制限)、
of Chemicals(化学物質)です。
つまり、事業に使っている化学物質は
全て登録しなさいということなのです。
「使っている化学物質は全てを登録」するということは、今まで一般的に使われている物質も含むという事ですか。
そうなんですね。その理由はREACH以外の化学物質管理の仕組みにあります。
REACH制定前は、化学物質管理というのは、日米欧共通なのですけど、いずれも新規化学物質だけを届出するしくみになっていました。
日本には「化審法(化学物質審査規制法)」というのがあります。
同様にアメリカには「TSCA(Toxic Substances Control Act)」があります。
欧州には元々、欧州委員会の指令で「67/548EEC」という指令がありまして、いずれも新規化学物質だけを届出するしくみになっていたのです。
なぜ、新規化学物質だけを届出するしくみになっていたのかというと、
例えば1973年に施行された化審法ですと過去問題となったPCB事件が一つのきっかけになっていると言えます。
当時から、PCBは難分解性で毒性があると解っていたはずです。
通常のもの、例えばお酒のアルコールだと、アセドアルデヒドになって炭酸ガスになったりして放出されますから蓄積されないのですけど、ポリ塩化ビフィニルなどは環境中でも体内でもまったく分解しないのです。
環境中に出てしまうとメダカが食って魚が食って鯨が食って、全部脂肪に溜まって、食物連鎖の頂点にいる人間がその脂肪分を食べたら人間に蓄積して…という経路を辿ってゆきました。
基本的に易分解性(分解しやすい物質)でしたら問題はないのですが、こういう難分解性のものは、把握して制限をかけるしくみが必要になったんです。
PCBの事件をきっかけに「化学物質を規制していこう」という認識が生まれ、「化審法」の制定につながったということですか。
そうですね、世の中にはたくさん化学物質が出回っていて、その中には訳のわからない化学物質もあって、それを知らずに人が摂取して、病気になってしまった。次々と新たな物質が生み出されているのだから、新規化学物質について、ちゃんと把握しなければいけない。ということになりました。
そこで、兎に角、新規化学物質はデータをとって届出なさいというしくみをとったのが化審法なのです。化審法が制定され、それ以降は産業界で採用される新しい化合物に関して、必ず経産省にコレコレこういう物質である旨を届出することになりました。
アメリカのTSCAも同じく、新しい化学物質については所有している基本的なデータを届出なさいとしています。
欧州の67/548EECについても、新規化学物質については一定のデータセットを届出なさいとなっています。
いずれも新規化学物質に対する規制だったのです。
・・・と言うことはですね、届出制度開始前に存在していた物質は届けでなくてもOKということなのですよ。これは日本もアメリカも欧州も全部同じでした。
その中でも欧州の、「67/548EEC」指令の制度は非常に厳しく、上手く運用されてとても良い成果が上がっていたと言えると思います。
「新規に合成された物質」は評価して登録する必要性はわかりますが、既存の化学物質については、どうだったんですか。
そこが、REACH法以外のしくみの落とし穴ですね。
「67/548EEC」指令や日本の「化審法」は、既存化学物質に関しては、事業者が評価して登録を行うのは無理だから、既存物質については行政が評価していくしくみをとっていました。
既存物質の数は、日本では2万物質、ヨーロッパでは10万物質と言われていて、そんなに多くのものは一政府の責任でデータがとれるはずもなく、結局のところ破綻しました。
そのような中で、既存の10万物質ある今まで網のかかっていなかった既存化学物質についてもなんとかしなければいけないのじゃないだろうか、というのが最初のREACHの考え方です。
今後ヨーロッパで事業を行うものは、新規であろうが既存であろうが全部事業者がデータをとって登録しなさい、という制度にしたのがREACHなのです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この続きは、8月号にてお届けいたします。
次号は、「REACH」ついて詳しいお話しをお聞きしています。