対談企画 サーキュラーエコノミーは誰のため? その4
目的主義と概念設計
細田 衛士(ほそだ えいじ)様
東海大学副学長、政治経済学部経済学科・教授
慶應義塾大学名誉教授
中部大学理事、学事顧問、名誉教授
1993年より国税庁中央酒類審議会 新産業部会リサイクルワーキンググループ座長、1995年通商産業省産業構造審議会廃棄物小委員会委員、2000年運輸省FRP廃船の高度リサイクルシステム・プロジェクト推進委員会委員、2003年環境省政策評価委員会委員、2011年中央環境審議会委員、2011年林政審議会委員、2023年「サーキュラーエコノミーに関する産官学のパートナーシップ」事業における総会、ビジョン・ロードマップ検討ワーキンググループの委員などを歴任
喜多川 和典(きたがわ かずのり)様
公益財団法人 日本生産性本部 エコ・マネジメント・センター長
上智大非常勤講師
長年にわたり、行政・企業の環境に関わるリサーチ及びコンサルティングにあたる。
経済産業省循環経済ビジョン研究会委員(2018年度~2019年度)、ISO TC323エキスパート(2019年~2023年)、NEDO技術委員などを歴任
おもな著書に、「サーキュラーエコノミー 循環経済がビジネスを変える」勁草書房、「環境・福祉政策が生み出す新しい経済 “惑星の限界”への処方箋」岩波書店 等がある。
■個別最適と目的主義
喜多川
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今、海外で簡単に木を伐採できなくなりつつあり、バイオマスが取り合いになって、円安も進行しているため、バイオマス燃料が非常に高騰しています。そうしたことから、バイオマス発電所を運営する会社の経営は大変厳しくなっています。
以前、日本のある自治体の焼却炉が老朽化したため、発電効率が非常に優れた焼却炉に建て替えるという話を聞きました。その自治体の方に、例えば、燃えるごみに含まれる資源ごみを選別して回収するようなソーティングセンターを作るつもりはなかったのか聞いたのですが、「議論には少し出たけれども、実現には至らなかった」とのことでした。
一般廃棄物には、木くずや紙などのバイオマス系の廃棄物も多く含まれています。ですので、バイオマス系のものを選別して、比較的近くにある民間のバイオマス発電所の燃料にして使うという考え方はできませんかと聞いたら、「自治体が扱っているのは一般廃棄物だから、一般廃棄物の処理業の許可がないバイオマス発電所には持っていけない」と言われました。サーキュラーエコノミーではよく複数の事業者が連携するネットワークが重要と言われますが、そうした協力関係はなかなか難しそうです。
細田
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仕組みとしては、現行の廃棄物処理法の枠組みの中でも実施できるのではないかと思うのですが、それをけしからんという人もいるし、リスクと思う人もいるし、いろいろな配慮が働いたりもして、なかなか実現しないのでしょうね。
喜多川
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バイオマス発電所は、今つぶれる寸前というほど厳しいところもあるのですが、行政がバックアップできれば蘇る可能性がある。そういう可能性を見出せないのは非常にもったいない。
例えば、焼却炉を建て替える時に、複数のシナリオを準備して、市民参加型の議論を通し、そこで選択されたシナリオの1つが、ソーティングプラントで選別処理して、バイオマス系の廃棄物については、民間のバイオマス発電所の燃料とするというようなことがあれば、従来の慣例を少し乗り越えてでも実施するというようなことがあっていいと思うんです。
細田
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日本は、廃棄物処理法に代表されるようなシステムがうまく機能してきただけに、そこにこだわってしまう感じがあるのかもしれないね。
喜多川
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行政の担当者にとっては、行政が法律違反をして「違法」となるわけにはいかないという、すごいプレッシャーにさらされていると感じます。
例えば「おから事件」は、おからは有効利用できたとしても、取引が有償か逆有償か(買い取られているか、処理費を払っているか)ということが焦点になりました。処理費を受け取って無許可でおからのリサイクルをしていた業者は、産業廃棄物の無許可営業に該当すると判断されました。
廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反被告事件 裁判要旨
一 廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令(平成五年政令第三八五号による改正前のもの)二条四号にいう「不要物」とは、自ら利用し又は他人に有償で譲渡することができないために事業者にとって不要となった物をいい、これに該当するか否かは、その物の性状、排出の状況、通常の取扱い形態、取引価値の有無及び事業者の意思等を総合的に勘案して決するのが相当である。
二 豆腐製造業者から処理料金を徴して、収集、運搬、処分した本件おからは、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令(平成五年政令第三八五号による改正前のもの)二条四号にいう「不要物」に当たり、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成四年法律第一〇五号による改正前のもの)二条四項にいう「産業廃棄物」に該当する。
細田
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廃棄物処理法は非常に堅い制度ではあるけれど、現行の廃棄物処理法の範囲内でも、色んなことができる余地はある。でも、リスクを冒してまでそれを超えようとはしないところはあるかもしれないね。
喜多川
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例えば、街路樹の枝打ちをした剪定枝も、バイオマス発電所がぜひ欲しいって言っても、ほとんどは自治体の焼却炉で処理してしまうんです。
上田
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剪定枝は木質なので、そのままバイオマス燃料になりそうですが、街路樹の剪定枝も、一般廃棄物に該当するからなのでしょうか。
産業廃棄物種類 内容 例 木くず - 建設業に係るもの(工作物の新築、改築又は除去に伴って生じたものに限る)
- 木材又は木製品製造業 (家具の製造業を含む)に係るもの
- パルプ製造業
- 輸入木材の卸売業及び物品賃貸業に係るもの
- 貨物の流通のために使用したパレット(パレットへの貨物の積付けのために使用したこん包用の木材を含む)に係るもの
(注:木製パレットは、排出事業者の業種限定はありません) - PCBが染みこんだもの
建設業関係の建物、橋、電柱、工事現場、飯場小屋の廃木材(工事箇所から発生する伐採材や伐根を含む)、木材、木製品製造業等関係の廃木材、おがくず、パーク類、梱包材くず、板きれ、廃チップ等
細田
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高速道路や飛行場の剪定枝は、結構な量発生しているそうですよ。バイオマス発電所に持っていけば発電の燃料として有効利用できるのに、自治体や民間の清掃工場で焼却されているものが殆どのようですね。
喜多川
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バイオマス発電所に投入されたうちの何パーセントがプラスチックだったかをチェックすれば、発電された電力の何パーセントがバイオマス由来の電力なのかを算定できます。
自治体の廃棄物処理計画に盛り込んで、バイオマス発電の燃料にできている自治体もありますが、かなり少ないのが現状です。自治体の担当者にとって、「『違法』かもしれないことを自治体はできない」という思いは相当強いとしても、市民の議論をベースとして決まったことであれば、一般廃棄物とか産業廃棄物とか処理業の許可といった廃棄物処理法の枠を超えて新しいことができるんじゃないかと思います。
細田
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その点、プラ新法(プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律)ではフレキシブルにしようという事で様々な配慮がされているし、廃棄物処理法の例外規定として、広域認定や、再生利用認定を作って部分的にはうまくいっているのだけどだけど、全体としてはなかなかうまくいかない。
(参考)プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律(プラ新法 )(環境省)
喜多川
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例外規定をつくっていくと、どんどん分断されてしまい、シナジーが生まれないというか、規定がどんどん積上がって、コストも積上がってしまうんですよね。
上田
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個別最適ということですか?
喜多川
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そういうことです。効率性というものが分断されてると、全体最適化にならない。
1つ1つのそのセグメントごとの優等生ではなく、セグメントを超えた広い範囲の優等性になろうというのがサーキュラーエコノミーなんですけど、日本がそこに踏み出せないのは、大きなジレンマだと思います。
■概念設計
細田
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もう1つ、サーキュラーエコノミーに関して思うのは、前から喜多川さんと色々議論していることでもあるんだけど、EUは概念をきっちり政策としてまとめた「サーキュラーエコノミーパッケージ」を出して、それからEPR(拡大生産者責任)、それからIPP(包括的製品政策)、SPP(持続可能な製品政策)というように、実際機能しているかは別として、概念をうまく出して、それが市民の地域政策とうまく同期しているように見えます。
(参考)EUのIPPについて(経済産業省)
製品ライフサイクル全体で循環型経済を推進(EU)(日本貿易振興機構)日本は、自動車リサイクル法、家電リサイクル法、容器包装リサイクル法など個々の法律はみんな優等生なのですが、統合的な製品政策はどうなんですかと言われると、手薄な感じがあるね。
喜多川
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そうなんです。
サステビリティへ移行する際に、国民の経済的な負担を最小化してサステナビリティを実現していこうとしているところが、EUと日本の違いだと感じています。
細田
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喜多川さんが論文に書いていましたが、EUは、議題別にEPR(拡大生産者責任)があって、IPP(包括的製品政策)があって、SPP(持続可能な製品政策)があるというように、非常にわかりやすく政策が概念にぶら下がっていて、地域政策としてサーキュラーエコノミーがちゃんと位置付けられているから、わかりやすい。
日本の場合は、個別のリサイクル法があって、サーキュラーパートナーズがあって、SDGs未来都市があってと、色々やっているんだけど、都市政策とサーキュラーエコノミーとがどう繋がるのか、少しわかりにくいところはあるね。
(参考)サーキュラーパートナーズ(経済産業省・環境省)
地方創生SDGs・「環境未来都市」構想・広域連携SDGsモデル事業(内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局・内閣府地方創生推進事務局)
喜多川
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そうですね。EUは社会のグランドデザインをしっかり据えた上で、そこにそれぞれの技術をはめ込んでいくという手順になっている点が日本と違うんだと思います。
上田
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日本も環境基本法が上位概念としてあって、その下に、廃棄物処理法や資源有効利用促進法がぶら下がっているので、同じ仕組みのように思うのですが?
喜多川
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そうなんですが、上位法が下位の法律に対し、十分包括的・有機的に機能していないのではないかと思います。
例えば、日本では廃棄物処理法の規制が完全に守られていますが、それはヨーロッパから見たら、違和感を感じるのではないかと。
上田
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EUは過去の規則や指令を、フレキシブルに変えていきますね。
喜多川
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ヨーロッパは目的主義なんです。どうやって目的に達するかは指定しない。仮に、目的を達成するための方法を指定したとしても、もっといい方法があればそれを尊重します。
一方で、日本は目的を達成する方法まで決めますね。
細田
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法律に関していうと、個別法は個別法内で完結してる方がいいと思っていて、自動車リサイクル法や家電リサイクル法はそれぞれ完結しているんだけど、 じゃあ「素材ごとにどうやってサスティナブルにしますか」、と言われた時に、どうするのってなるんだよね。
喜多川
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自動車のプラスチックは自動車リサイクル法の管轄で、家電のプラスチックは家電リサイクル法の管轄だから別に管理しなければなりません、という事ではなく、リサイクラーが分けて処理をしたいんだったら分けて処理してもいいし、一緒に処理したければ、一緒に処理してもいい。目的主義というのは、どちらの方法でもいいし、どう最適化していくかを選択できる、という事だと思います。
細田
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EUの政策は、目的がはっきり示されていて、さらにそれを束ねる概念が「サーキュラーエコノミー『パッケージ』」として出され、さらにエコデザイン規則が出てきて、それから色んな規則が出てくる。そうしたら、あとは各国でやりやすい方法で動かして、常にPDCAを回して新しくしていく。
新電池規則とか、あるいはELV規則も、こんなに厳しいのは本当にできるのか、と思ったけれど、わかりやすい。こういう目的でこうやろうということが、文章見ても、非常によくわかる。
EU加盟国が国内法を作って実現していく時に、EUの方針がないと説得できない、というのもあるよね。(参考)欧州委のELV規則案、自動車業界は懸念示すも、リサイクル部門は歓迎(日本貿易振興機構)
電池のライフサイクル全体を規定するバッテリー規則施行(EU)(日本貿易振興機構)
喜多川
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EUは加盟国が27か国もあるので、1年先、2年先のことで議論していたらまとまらない。だから、10年先を見よう、というのもあると思います。そうすると、こんな社会がいいかもね、という話になるので、大体ヨーロッパの法律は10年先とか20年先という長いレンジでの目標が設定されているんです。
例えばヨーロッパでELV指令が2000年にできた時、すぐにELV指令が動き出してリサイクル率が高まる、とか、特別な施設ができるとか思っていたんですが、いつまで経っても何にもできなかったんです。だらだら、だらだらやりながら、なんとなく2015年になって、とりあえずここまでの目標値をクリアできたね、という感じでした。
日本だと、施行された日からやらなきゃいけないのですが、EUは設定した目標を達成するのに何年もかけるんです。
細田
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家電リサイクル法ができた時、私の知ってるリサイクル業者が家電リサイクルのAグループにもBグループにも入れなかったんです。施行される前日の3月31日までは家電が入荷していたんだけど、施行した4月1日からは1台も入荷しなかったと言っていました。
日本はある種、完璧主義というか、やれることはキッチリやる。
だから、EUはなにをやっているのかね、と思ったりもするけど、長期的には動いてくし、新しい概念を見せてくれる。だから、EUのドキュメントは見ていると楽しいんだけど、日本の官公庁の書類は見ていても全然楽しくない。
喜多川
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EUでは、10年先、20年先を見据えて、どういう社会がいいだろうか、こういう社会がいいよね、 じゃあそこを目指すっていうのは、いいかな?、いいんじゃない、という議論をしながら法律ができていきます。
10年先、20年先の目標を見据えて、どういうことをやったらいいのか、どこに投資したらいいのか、どういう技術を開発させていくのがよいのか、という風に、今できてないことを10年先、20年先に 実現させるという長期のレンジで考えるのが、EUにおける合意形成の手法なのだと思います。
この前、ある研究会で企業の人たちが、日本の政府がはっきりと言ってくれないので、どこに投資したらいいかが非常に不明瞭だと言っていました。
細田
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長いレンジでものを考えると企業も動ける。
喜多川
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そうなんです。
日本の行政は、「すぐにできないことを法制度に落とし込めない」と言うけれど、 ヨーロッパは10年先、20年先の目標を掲げるので、ちゃんと助走期間があるんです。
細田
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EUは概念設計がしっかりしていて全体像を見せてくれる。だから10年後にこうするんだと言われた時に非常に説得力がある。
でも、日本の法律の構造はそうなってないんだよね。
先を見せてくれないと、民間企業としてはサーキュラーエコノミーって、どうすりゃいいんだよ、となってしまいます。
民間企業が、あ、ここには仕事があるな、と思えるように、10年先、20年先にこういうことを実現させようとしている、というのを、ある度見せてくれるといいんじゃないかな。
■SDGs
上田
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10年以上前になりますが、スウェーデンの方と、地球環境に対して市民として何ができるのかな、とポロッと言ったら、「それはあなた、ちゃんと買う時に気をつけなきゃダメに決まってるでしょ」と即答されました。
確かに、環境ラベルをみて消費に反映させていくことが市民としてできることなんだって思って、ラベルを見て選ぼうとしたのですが、どのラベルが何を表しているのかを知らないといけないし、選ぶためにはそれなりの知識が必要で難しかったです。
細田
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SDGsの12番目は。日本語だと「作る責任、使う責任」でしょ。
でも、元の英語バージョンは、「使う責任、作る責任」なんですよ。(出典)THE 17 GOALS(United Nations)
SDGs(エス・ディー・ジーズ)とは? 17の目標ごとの説明、事実と数字(国際連合広報センター)
喜多川
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基本的には、1人1人が「資源」というものと、どういう向き合い方をするのか、どういうお付き合いをするのかを考えていった集積がサーキュラーエコノミーだと思っています。
細田
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今の若者たちは、学校でSDGsを学んでいるので、 今の我々の世代とは意識が全然違いますよね。彼らが成長した時に、この国がどうなっていくのか期待していいんじゃないかなって思うんです。
子供の頃から作る側だけじゃなく、使う側にも責任があるということを知っている。それで、どうすればいいのか、行動に繋げていくかというところが大事ですね。
上田
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娘の小学校の6年生の探求学習のテーマがSDGsで、持続可能な地球を実現するためにできることを考えて、発表していました。
電気をこまめに消そう、とかレジ袋をやめようとか、当たり前に思えるような内容でしたが、自分たちで考えていくうちに、深まっていくんだろうなと思いました。
細田
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行政が法律を作って指導したり規制したりするだけでは、サーキュラーエコノミーは実現できない。ヨーロッパ的な市民の自治意識は難しいとしても、自分の地域をどうするのか自分たちで考えていく事が大事ですね。
2024年2月27日に実施したサーキュラーエコノミーに関するご対談の連載は今回で終了です。
最近サーキュラーエコノミーという言葉をよく聞くようになりましたが、EUの状況やサーキュラーエコノミーの背景をお話しいただいて、サーキュラーエコノミーについて理解が深まりました。ありがとうございました。