溶融スラグに迫る その4
北辻先生のご経歴 ~スラグの魅力~
宮城大学 食産業学群
北辻 政文(きたつじ まさふみ)教授
「スラグ」という言葉は皆さん聞いたことはあると思いますが、どうやって作られていて、どんなものなのか?
素朴な疑問を、溶融スラグの専門家の北辻教授にお伺いしました。
【その4】北辻先生のご経歴 ~スラグの魅力~
先生が、溶融スラグについて研究されるきっかけを教えてください。
一般にコンクリート工学の専門家は工学部卒業の先生が多いと思いますが、私は農学部出身で、学位も博士(農学)です。なぜ農学の出身者がコンクリートをやるのかとよく言われますが、農林水産省もダムを造ります。
田んぼに水を引くのもダムで溜めた水を引きますし、河川から堰(農林水産省では頭首工(とうしゅこう))言いますが、そこから水を引く施設も必要です。それらの多くは、コンクリートや土質材料で作られています。すなわち農業基盤もコンクリートで造られています。そうすると、農業分野でもコンクリート系の学問が必要になるのです。
コンクリート材料が専門といっても農学系ですから工学系のコンクリート工学とは少し違うことをやりたいと思っていました。それで、博士論文をまとめる時に、「環境」や「リサイクル」という概念は農学系が強いのではないかと思うようになり、キーワードとして必然的に入ってきました。その中で、このごみ溶融スラグは1つのテーマとしてまとめています。
農業とごみのリサイクルというのは、接点がなさそうですが
農業では、有機系の廃棄物をリサイクルして、有機肥料を作地に還元します。また、土壌環境についても詳しく学びます。リサイクルを行う上で、重要な環境安全性の評価は、土壌環境基準が用いられています。
一方、リサイクルが必要である理由は、前回もお話ししましたが、日本は資源が少ないので大量の物を輸入しており、最終的に日本の中に物が蓄積される構造になっているということです。
例えばアメリカの輸入量は3憶トン、輸出量も3憶トンで、インプット、アウトプットがほぼ同じです。しかし、日本や台湾は、輸入量が輸出量に比べてとても大きく、どうしても廃棄物が大量に出てしまいますので、リサイクルを考えることが極めて重要になります。
建設業は、これまで社会インフラを造ってきましたが、新しく造るという時代は20世紀で終わり、これからはそれを維持管理する時代になってきました。その中で私は大量の資材を使う建設業は、リサイクルできない物や最終的になるごみといった廃棄物を処理できる器があるのではないかと、言い換えると建設業はそういう物の受け入れ口としての役割がこれからあるだろうと考えていました。
ただし、建設材料として使うには、無機系でなければなりません。腐敗したり臭いがしたら困まるので、無機化したものである必要があります。そうした中で、このごみ溶融スラグは、建設資材として考えた場合、極めて有効なリサイクル材と考えられます。
今後、日本では人口が減っていくし、皆さんがあまりごみを出さないように気を付けてきていますので、ごみの発生量そのものは減るかもしれません。以前は国民一人当たり一日に排出するごみの量は1.3キログラムくらいありましたが、今は1キログラムを切っているくらいに減っています。しかし一方では、人の寿命が延びて長生きするので、ごみが極端に減るということではないだろうと感じます。
たとえば1人1日1キログラムのごみを出すと計算すると仙台市では1000トンのごみが毎日出ているということになります。減ったと言っても排出量全体としては多いです。
それから、生ごみが家庭ごみの60%なので放っておくと腐ってしまい衛生的に良くありません。ということで燃やすなり溶融化するなりの熱処理は必要です。
日本では生ごみは腐ってしまうので、衛生的な環境を維持するためには、焼却などが必要なのですね。
日本の風土は、高温多湿なので生ごみは腐敗してしまいます。それに、ハエがたかり衛生面でも良くないので法律で燃やすということになり、灰にして埋め立てる。ということが長年続いてきました。清掃法という法律ができ、明治以降そうなりました。
アメリカやヨーロッパは、ごみは燃やさないでそのまま直接埋め立てをしているところが多いです。それは、アメリカやヨーロッパは乾燥しているので、生ごみを直接埋め立てても、衛生面で問題ないということだと思います。
物を燃やして300~800℃になると、ダイオキシン(塩素と炭素の化合物)が発生します。これはベトナム戦争の際に造られた化学兵器で人類が作った最悪の物質と言われています。
昔は大学や、小中学校、家庭でもごみを燃やしていました。我々の大学にも焼却炉がありましたが今では使われていません。それはなぜだと思いますか?
塩素は漂白剤で使われています。紙(炭素)は塩素で漂白しているので、燃やすとダイオキシンが出やすいのです。その2でもお話ししましたが、溶融する時は1200℃と非常に高温にしますので、ダイオキシン対策としても有効です。
さらに、もう1つあります。
もう1つ!
もう1つ、溶融が必要とされている理由としては、ごみを燃やしても、灰を埋める場所がなくなったので、灰の減容化が必要になってきた、ということもあります。
昔は空いている土地がたくさんあって、埋める所も確保できて良かったのですが、最近、特に大都市近郊では、地価が著しく高騰し、もう処分場を作る場所がない!という状態になっています。さらに埋め立て地や焼却炉が住宅が近くにできると、地価が下がるとのクレームもあるようです。
東京でも夢の島など海洋埋め立てをしていますが、これ以上海面埋め立て地を確保することが難しくなっていますね。
ごみは、燃やすことで減容化になっていますが、それをさらに減らしたいということで溶融化が選択されています。
溶融によって、どれくらい容積が減るのですか?
溶融すると、灰の半分ぐらいになります。容積が半分になるという事は、処分場の寿命が倍になるという事です。
まとめると、溶融化の最大のメリットはダイオキシンの発生抑制といった環境の安全を守ること、それから埋め立て処分場の延命化と、そして資源としてリサイクルをするということです。
ダイオキシンの発生抑制と、処分場の延命化と、リサイクルですね。
西暦2000年は、循環型社会形成推進基本法という、循環社会を構築しようという法律ができ、環境元年とも言われています。そして、建設リサイクル法、家電リサイクル法など各種リサイクル法が施行されて、資源循環の流れが飛躍的に進みました。市民が出している家庭ごみもリサイクルできるので、この「溶融」という技術は、非常に良いことだと溶融炉の建設が一気に増えました。
岩手県釜石市で試験的にごみを溶融する炉ができたのが昭和54年くらいですので、溶融の歴史はまだまだ20~30年くらいです。
溶融スラグの力学的な性能は全く問題ないですし、有害物質も溶出しません。だから、私は、溶融スラグは高品質な材料であると考えており、スラグが建設現場で使われていても全く抵抗ありません。しかし講演で「溶融スラグです、どうぞ見てください、容器のふたを開けていいですよ」って言うと、みんな臭いをかぐんです。臭いんじゃないかって、ごみだから。
一方、鉄鋼スラグは100年くらいの歴史があって、スラグの使用実績もあるので、あちこちで使われていますが、溶融スラグの歴史は20〜30年とまだまだ若いので利用が制限されています。
鉄鋼スラグは生コンのJISになっていますが、溶融スラグまだ認められていないので、プレキャストコンクリート製品(二次製品)のみ利用ができます。私は、同じコンクリートなので、プレキャストだろうが生コンだろうができた構造物は同じだと思っています。
生コンは2億トンが生産され、建築構造物のビルやマンション、土木の防潮堤、トンネル工事などに使われています。今、溶融スラグの生産量が80万トンを超えてきたので、今後のことを考えると、やはり生コンで使われる事が必要です。
それで、最近の研究では溶融スラグを使って生コンクリートを作って、それを使って、みんなに大丈夫だねって信頼を持ってもらいたいと思っています。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、溶融の課題についてお伺いします。