理化学研究所 井藤賀さん「コケ」を語る − その4
独立行政法人理化学研究所
植物科学研究センター
生産機能研究グループ 上級研究員
井藤賀 操 様
DOWAでは理化学研究所と「コケ」による排水浄化について共同研究を行っています。
この研究のカギを握る「コケ」研究の第一人者である独立行政法人理化学研究所の植物科学研究センター井藤賀操博士に「コケ」についてお話をお聞きしています。
今回は、コケが金属を蓄積するメカニズムを中心にお話をいただだきました。
<その4>「ヒョウタンゴケと重金属」について
DOWAと共同研究しているヒョウタンゴケは鉛を吸着して蓄積する性質があるとのことですが、どうやって鉛を蓄えているのかわかっているのですか?
今、調べているところです。一般に、コケ植物では、細胞壁に金属を高蓄積する事例が知られていますが、現時点で、ヒョウタンゴケは鉛を細胞壁成分へ吸着しているだけではなさそうであることがわかっています。まだ、詳しくはお知らせできませんが、共同研究の中で、鉛の局在する場所はわかってきたので、今後、鉛を超蓄積する機構をひとつひとつ探っていきます。他の生き物と何が違っているのかを明らかにしていくことが自ら掲げた課題で、さらに、複数の空間で多角的に理解していく必要がありますから、ゆくゆくは「オミックス・スペース」で活動するというわけです。まずは、コケ植物で一般的な細胞壁による吸着機構から取り組む計画です。
細胞壁ですか・・。理科の時間に覚えた記憶はあるのですが、もう少し説明していただけますか?。
簡単に説明しますと、細胞は、細胞膜によって内と外とに仕切られていて、細胞壁は細胞の外の領域にあります。
水分や養分は細胞膜を通じて細胞の内と外をいったりきたりしていまして、基本的には生命活動に必要な物質は内側に取り込み、いらない物質は外側へ排出したりしています。
細胞壁は植物細胞に特徴的な組織で、私たち人間の細胞には細胞壁はなく、細胞膜しかありません。
植物の細胞壁は、近年、細胞の生命活動と密接なかかわりがあることが認識されるようになりました。
コルクのように死んだ組織のイメージから生きた組織のイメージへ転じたわけです。そして・・・ヒョウタンゴケの細胞壁に鉛が蓄積しているのです。
「細胞壁は死んだ組織」、と覚えている方と、「生きた組織」と覚えている方がいて、それによって年代がわかってしまうといったこともあるかもしれません。
細胞壁と細胞膜が肝なんですね。
そうですね。
細胞膜の内では本質的な生命活動が営まれていて、細胞膜の外では、防御的な活動が細胞壁を通じて行われているのかもしれませんね。植物は、動物のように移動できないかわりに、細胞壁を巧みにつかって外的環境から身を守っているのだろうという自然の真理を「オミックス・スペース」で活動すれば、解き明かされてくれると信じています。
鉛を吸着する、蓄積するというのはどのような状態なんでしょうか?
鉛の化学状態については、大型放射光施設を利用すれば調べることができます。なんらか配位子が鉛をトラップしているだろうと考えられますが、そういった鉛-配意子の情報が明らかになっていくことが、鉛の吸着剤としての性能や利用範囲を決めていくことになるだろうなあと思っています。
吸着できる量とスピードはわかっていますか?
吸着できる量は、乾燥重量で74.1パーセントが鉛、残りがコケというくらい大量に取り込みます。スピードは正確には測定していませんが、触れればすぐに取り込んで離さないという状態なので、数分以内、いや秒単位だと考えられます。
早いんですね
工業的なフィルターよりスピードが早いといえますね。
工業製のフィルターは通常粒状のものが多いですが、ヒョウタンゴケの原糸体細胞は糸状なので、より接触しやすい構造であることも効率の良さに影響していると思います。
原糸体で利用するのは理由があるのですか?
先ほども申し上げたように、コケは一生のサイクルは長いので、量産化するには胞子を利用するより、成長途中の原糸体細胞のような状態で恒常的に増殖させるのが最も適していると考えます。実際に増殖速度は速いです。
ヒョウタンゴケは、鉛以外の金属も吸着できるのですか?
現在、ヒョウタンゴケの野生株については、15種類の金属の最大蓄積量を調べました。
すると、鉛は非常に高濃度で蓄積する金属であることが判明しました。続いて金、その次がクロム・・などとわかっているのですが、実際は接触させる水の性質によって、違いは出てきたりします。
植物の側で選択しているのか、仕方なくといってはおかしいのですが、与えられた金属から順番に吸着しているのか、正直なところ、まだまだわからないことはたくさんあります。
蓄積のメカニズムが解明すれば、金属の分離回収の分野で解決することはたくさんあるとおもいますよ。
レアメタルなどを吸着させることのできる、さらなる有望株を探しているとお伺いしましたが、どうやって有望株を探すのですか?
方法としては、まず、理化学研究所の「重イオンビーム」という放射線を使います。重イオンビームを照射することにより、自然にある突然変異を誘発させて新品種を作りだしています。その後、蛍光X線スペクトル情報を取得し、クラスター解析など駆使することで、有望株をマイニングします。
重イオンビームは遺伝子組み換えにはならいのですか?
人工的に遺伝子を切ったり貼ったりして改造する遺伝子組み換えとは違い、重イオンビーム照射による育種は、自然にある突然変異を誘発させるだけなので、外来の遺伝子組み換え行為にはあたらないとされています。我々を含む生物も自然界で放射線を浴びる事で遺伝子に変異が生じて、それが進化や種分化のイベントにもつながっていますので、重イオンビーム照射技術は、それを高頻度化させるための手法ということになります。
コケを使って浄化する場合にデメリットというものはあるのでしょうか?
デメリットやリスクは必ず考えています。
デメリットは今のところ特に無いと考えていますが、想定されることとしては生物毒を吐き出している可能性を否定しきれませんので、大量に培養したり実施に浄化資材として使用したりしたときに生物毒が周囲に与える影響については事前に検討しておかなくてはいけないと考えています。
また、植物なので、枯れて腐るという問題があるので住宅地に近いところで大量に枯れると「臭い」が発生するといった問題も考えられます。
実用化に向けてやることはたくさんありますが、リスクに対するチェック項目への汎用的な評価システムを導入することで同様の問題にも対応できるようになると考えています。
ヒョウタンゴケによるビジネスベースでの採算性というのは、どんな状況なのでしょうか?
DOWAエコシステム 環境技術研究所 所長 川上
事業化・採算性などは我々DOWAが検討していますが、現在のもので同じ吸着力を持つ石油原料の工業製品に比べ同等以上のコストを目指しています。
現在のところまだ少しコストが高いという状況ですが、何倍という差はないので、あと一息で商品として成立するところまできています。サンプルワークも始めたいと考えています。
井藤賀さんの今後の研究はどのようなことを目指していますか?
コケの機能改変ですね。
今はまだ鉛蓄積のメカニズムを解明している段階ですが、将来的にはお客様から「カドミウムを吸着させたい」と言われたらそう言う機能を持ったコケを提供できるようになることを目指しています。
「ヒョウタンゴケ」は鉛、「ホンモンジゴケ」は「銅」を蓄積するということでしたが、他にもコケについてもおもしろい話があれば教えてください。
そうですね、コケの中には水没型のコケ(水中で育つコケ)というのもあります。「クロカワゴケ」と言うのですが、清流でのみ育つコケなんです。
言い換えると「クロカワゴケ」が繁茂するところは水質が非常にきれいである・・ということになるので、このことを利用してヨーロッパではクロカワゴケを環境指標に使っています。その他にも水質や大気の化学物質の汚染モニタリングに用いられたりしているコケの種類もあります。
最後に、井藤賀さんにとってコケの魅力とはなんでしょうか?
コケの魅力は、コケは特殊な生物だということです。
いろいろな環境を、まず素直に受け入れます。順応性が高い生物です。
今回注目している鉛も、その順応性の中で受け容れられている金属なんだろうと思っています。
なぜ、受け容れられるのか?ここには秘密がかくされているはずです。コケは目立たないけどすごいですよ。
「金」の回収はセンセーショナルな新聞記事にもなりましたね・・。
DOWAとの共同研究というのはいかがでしたでしょうか?
そうですね。植物科学からの視点だけでは「金」の回収という発想はなかったと思います。
「金」の回収は、DOWAさんとの共同研で無ければ、「金の回収ができる」とに気づくまでに時間がかかったと思います。
これまでの共同研究との大きな違いは、DOWAさんは何度も何度も研究所に足を運んでいただき、情報交換をしながら進めることができました。
まさに、バトンゾーンでの取り組みだったと思います。いろんな経験をさせていただきましたが、今回は、企業の技術員の方々と一緒に研究しているという楽しさが一番の快感でした。
教わったことはたくさんございますが、はたして有効なバトンを企業側へ渡せたかは、これからしばらく時がたった頃に見えてくるのだろうと思います。ありがとうございました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回で、インタビューは終了です。
まだまだ井藤賀さんの「コケ」の研究は進化していきそうです。そのうち、「役に立たない」日陰のコケが「役に立った」ニュースを見る日も近いかもしれません。
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初日初回S1-1からの発表です。乞うご期待!