環境格付融資と環境リスクについて―(その6)
今回は、竹ケ原啓介様インタビューの6回目です。
「ドイツのその他の環境事情」についてお話しいただいています。
1度目にドイツに行かれたときは、ドイツが「環境」に大きく舵を切って、環境分野が急成長していた時期とのことでしたが、2度目にドイツに行かれた時のことをお聞かせいただけますか。
2度目のドイツ赴任は、2005年から2007年にかけての3年強です。ちょうど2005年に、DBJの民営化が決まったことを受けて、我々のタスクも、それまでの調査主体から今後の欧州市場での事業可能性を検討するビジネス重視型に大きく転換されるタイミングでした。個人的には、最初の赴任の際にみた「環境政策」が、その後の関連ビジネスの展開という形で開花したのかどうか、これを自分たちの仕事に関連づけられるかどうかという点に大いに関心がありました。
結果は予想通りで、当時は、世界の先陣をきって90年代に整備した環境政策により拡大した国内マーケットを舞台に、「環境関連産業」が全盛の時代に入っていました。最初の赴任の際に感じた「政策がしっかりした信念を持って、やり方を間違わなければ、環境で大きなマーケットを作り出せる」という点については、やはりその通りなのだろうと実感できたのは事実です。もっとも、再生可能電力のウエイトが14%を超えつつあるなか、限界的に登場する新たなプロジェクトには、既に内外の投資家が文字通り「門前列をなす」の状態であり、新規参入の余地が大きいかといえばなかなか厳しいという現実はありましたが。
子細にみると色々と問題が生じていたのも確かです。太陽光は大ブームでしたが、その一方で既に当時から中国製の余剰パネル流入を懸念する声がありましたし、世界的な穀物価格の上昇に引きずられる形でバイオガス用のトウモロコシ価格が高騰し、バイオガスプラントの受注が激減するなどといった現象が生じていました。その後、私が日本に戻った後に、リーマンショックが起きましたので、それ以降の変化がどうなのか、状況は大きく変わっていると思いますので、どうなっているかも見てみたいですね。もちろんインターネットや新聞・雑誌である程度の情報はとれるのですが、こればかりは現地にいて生の情報に触れないと分からないことが多いですから。
ドイツでは、自然エネルギーに関しては政策と市場原理によってお金の流れを作る事に成功したとの事でしたが、土壌汚染対策に関してはどのような政策なのか教えていただけませんか?
そうですね、土壌汚染という環境リスクを管理するための規制があり、これに従って対策が進められていくという点は共通ですが、やはり根本的なところで日本との違いがあるように思います。端的な例としては、ドイツでは、浄化のゴールが一義的には決まっていなくて、どの水準に設定するかを、個別のサイト毎に行政協定によって決めるのです。調査や浄化に取りかかるためのトリガー(きっかけ)は設定され、用途によって基準値は決まっていますが、どこまできれいにするかが定められていないわけです。関連行政当局との協議のなかで、様々な条件が議論されますが、特に対策後にその土地をどのように利用するかが大きなファクターで、これに応じてゴールが設定され、これを達成するという条件のもとで開発許可が与えられることになります。
ご存じの通り、欧州では100年200年かけて街を作るという考え方が根付いています。ドイツは、現状とは別に長期的に望まれる将来像を、土地利用計画の準備的建設誘導計画である「Fプラン(Flächennutzungsplan)」という形で計画します。それ自体は、行政内部の計画なので土地所有者等へ何ら拘束力を持つものではないですが、この計画に基づいて建築誘導計画「Bプラン(Bebauungsplan)」が条例の形で制定されると、このプランに合わない開発は不可能になります。こうした都市計画の道具を使って、長い時間かけて街を作り替えていく、建設行為を誘導していく、というアプローチがとられるわけです。
従って、土地を所有するということは、権利である以上に「義務」の部分がものすごく大きくて、「Bプラン」では、場合によっては壁の色まで指定されてしまいます。土地所有者に残された選択肢は、条例で決められた内容を何時実現するか程度です。自分の土地ではあるものの、自由は無いに等しいと言えるでしょう。逆にいえば、あれだけ秩序だった美しい都市景観を維持しようとすれば、そのくらい強力な規制が必要になるということです。安い工業地域の土地を購入して、宅地として高く売るなんてことは不可能です。この点、自分の土地なら何をしようが自由だという日本式の考え方の対極にあるといえるかもしれません。
ドイツでは都市計画に関連する公開資料の中に、土壌汚染状況が公表されています。具体的にはFプラン策定の基礎情報としての、土地使用履歴からみた汚染可能性マップのようなものです。日本でそんな事をしたら「オレの土地の価値を下げるような勝手なまねは許さん」などと大問題になってしまいますよね。ドイツの都市計画では、現状はどんなに汚れていても、最後は市町村が責任を持ってこういう街に造りかえていくとコミット(約束)しているわけです。これも、浄化のゴールを土地の用途に応じて決めていく、つまり都市計画と一体的に土壌汚染問題に対峙していくというコンセプトのなせるわざといえるでしょう。土地の用途によっては、当然のように、封じ込めのような措置が選択されます。
日本では、土地は個人資産として非常に大きなウエイトを占めており、かつ新しい土地所有者(又は、さらに転売した場合の新しい土地所有者)がその土地をどう使うのか解らない状況で売買することになりますから、最もリスクの小さい掘削除去など完全浄化が選択されてしまうのは、ある意味仕方がない事だとも思います。
都市計画との一体性の裏返しかもしれませんが、日本での、いわゆるブラウンフィールド再開発事業のように、汚染土地のリスクを見切って買い取り、これを効率的に浄化して転売するという形のビジネスはあまり活発ではありませんでした。官の関与が強すぎると、ブラウンフィールドをビジネスの対象にするのは難しいのかもしれません。
土壌汚染の「対策」が掘削除去・場外搬出が多く、土壌汚染対策法改正の目的の1つに、場外搬出の抑制と適正化が挙げられていますが、今後どの様になっていくのか非常に興味があります。具体的には、現地浄化や拡散防止措置がどれくらい活用されるようになっていくか、などですが。
申し上げたとおり、ドイツでは、土地の使い方によっては拡散防止であるとか、固化・不溶化などの管理型の処理も当然のように選択されています。化学工場跡地から軍用地として利用された後に、老人ホームを含めた住宅地に再開発されたサイトが、深刻な汚染を管理型の対策で済ませているケースなどを目にする機会がありましたが、行政が責任をもって対応したことへの信頼感もあるのか、特に問題になっているようにはみえませんでした。その意味では、今回の土対法改正により、掘削除去から管理型への誘導が図られることで、そうしたトレンドが出てきてもおかしくないように思います。
ただ、浄化・対策のほとんどが土地売買を契機であり、浄化・対策の内容が「売り手」と「買い手」の相対の中で決まってしまうという構造が大きく変わらない限り、法律が変わったから急に現地浄化や拡散防止措置が増える、と言うのは考えにくいようには思います。
この点は、関連ビジネスの努力への期待が大きいです。ビジネスとしてみたとき、ドイツの土壌汚染対策にはあまり元気がありません。基本的には、行政との間で合意された対策を着実に実施することが中心になりますので、技術開発や創意工夫の入る余地があまりないからでしょう。これに対して、日本の方は、市場原理を利用したマーケットとして成立している分、イノベーションが生じやすいように思います。今後、管理を重視した新たな選択肢の提示が増えてくるのか期待したいところです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この続きは、竹ケ原様インタビューの(その7)として、次号のジャーナルでお届けします。
次回の主な内容は、「環境格付け融資」についてのお話しをお届けします。