海域の風況をどのように調査するのか?【前編】
−洋上風力発電の事業性を検討するために−
(本レポートは「産業と環境」2015年2月号に掲載されたものです。)
【1】はじめに
「2012年7月1日にわが国で固定価格買取制度が導入されてから、再生可能エネルギーに注目が集まっている。
再生可能エネルギーは化石燃料の代替エネルギーとして地球温暖化対策に資するだけでなく、純国産エネルギーであるためエネルギー自給率の向上に寄与することができ、エネルギーセキュリティという視点からも重要である。特に、風力発電はコスト競争力を有することから世界で急速に導入が進んでおり、国際的には単に再生可能エネルギーの中核としてだけではなく、火力発電、原子力発電を含んだ全発電手段の中でも中核の一つとして位置付けられつつある1)。しかしわが国においては、一定規模以上の風力発電所が2012年から環境影響評価法の対象事業になったことも影響し、その導入が停滞状態にあるのが実情である。
【2】洋上風力発電の概要
2-1 洋上風力発電の日本における可能性
近年は陸上における適地の減少や風況の安定性等から、洋上風力発電が注目されており、欧州を中心に大規模な洋上ウインドファームが建設されている。その一方で、日本は陸上風力発電のみならず洋上風力発電の分野でも欧州に大きく後れをとっている。
しかし日本は、領海及び排他的経済水域を合わせた面積が世界第6位(約447万m2)の海洋大国であり、洋上風力発電のポテンシャルに恵まれた環境にある。
エネルギー基本計画2014に「中長期的には、陸上風力の導入可能な適地が限定的な我が国において、洋上風力発電の導入拡大は不可欠である。」と書かれているように、今後の発展が期待されている。なお、(一社)日本風力発電協会によれば、日本における洋上風力発電の累積導入目標は2030年に960万kW、2050年に3,700万kWとなっており、大規模に導入される試算もされている2)。
2-2 洋上風力発電の事業性
経済産業省の元に設置された調達価格等算定委員会では、再生可能エネルギーの種類ごとに毎年調達価格(買取価格)の検討を行っている。
平成26年度の調達価格の検討にあたっては、洋上風力発電の資本費に56.5万円/kWが採用されており、陸上風力発電(20kW以上;同30万円/kW)より資本費が高額であることが示されている3)。同様に、風力発電のシステム価格(設備費、設置に掛かる諸経費の合計)の試算でも、洋上風力発電は陸上風力発電を上回る価格が見積もられている(表1)。
このように同規模の風車を建設する場合、洋上風力発電の方が陸上風力発電よりコストが高くなる。その理由として洋上風力発電の場合、基礎工事や系統連系、および設置等にコストがかかることが挙げられる。また、洋上風力発電の事業化にあたって経済性を確保するために風車の大型化・ウインドファームの大規模化の傾向があり、その結果、陸上風力発電に比べて洋上風力発電の事業規模(総事業費)が大きくなる。
このように洋上では風力発電の事業規模が陸上に比べ大きくなるにも関わらず、日本では事業ベースの前例が限定的であるため、洋上風力発電の建設コスト等を精度良く見積もることは困難である。
2-3 風況調査の重要性
“風況”とは、一般的にはその場における風の性質を意味し、特に風力発電に係る項目として、平均風速・風速頻度分布・風向出現率(卓越風向)・乱流強度などが挙げられる。風力発電事業を検討する際には、その事業における採算性や事業リスク等を詳細に事前評価する必要があり、これらの風況特性を用いて風車の設計や設置計画が作成されるため、正確な風況把握は非常に重要である。
中でも平均風速は風況の最重要項目であり、特に正確な把握が必要とされる。図1に示すように、風力エネルギーP[W]は単位時間当たりの平均風速V[m/s]の3乗に比例するため、風速が2倍になれば風力エネルギーは8倍となる。つまり、7.0[m/s]の平均風速に対して±0.35[m/s]程度のわずかな誤差、つまり±5.0[%]の風速調査誤差が理論上では±15.8[%]の発電量推定誤差になり(注:実風車においては、約13[m/s]以上の風速条件で定格風速となり出力が一定となるため、風速に対して発電量は1.6~2乗程度に比例する)、事前の風速調査の精度が事業採算性の把握に大きな影響を及ぼすことが分かる。
つまり、陸上よりも不透明な条件が揃う洋上風力発電の経済的な事業リスクを緩和するために、洋上では特に精度の高い風況調査が求められるが、洋上では風況を実観測することは難しく既存データも少ないため、その精度は一般的に陸上より低いと考えられている。
イー・アンド・イー ソリューションズ株式会社(以後E&ES)(旧社名:千代田デイムス・アンド・ムーア)では、約4半世紀前から風力発電に関する業務に携わっており、全国風況マップの作成5)や日本の複雑地形に適合する非線形風況シミュレーションモデル開発6)にも参加してきた7)。その他、民間会社や地方自治体からの委託事業として風況調査業務を数多く手掛けており、近年では洋上風力発電の導入に伴い、洋上における風況調査業務8)や風況観測システム構築9)なども実施している。
以下の章では、ニーズが高まりつつある洋上における風況調査手法について、E&ES内で蓄積された経験及び知見を交えて紹介する。
【3】洋上風力発電の概要
3-1 実験則
風況観測に用いられる主な手法のイメージを図2に示す。
陸上における風力発電事業のための風況調査手法としては、実際に風力発電所の計画地において風況観測を実施するのが一般的であり、観測高度を風車ハブ高程度まで高くすることができれば、調査精度は高くなる。
その方法としては風車設置計画地に観測タワーを据え付け、タワーの適切な高さに風速計・風向計を設置し風況データを取得する方法がとられる。一般的には、観測を最低1年間実施して年間の風況特性を捉え、さらに年間の風況解析を行って発電量を調査する。この場合リモートセンシング(3.2節)と異なり直接観測を行うため、精度の高いデータが得られる。
しかし、洋上の風況は陸上ほど簡単には実観測できない。
洋上では一般的に、風速計・風向計を取り付けた
① 洋上風況観測タワー(着床式)を設置する方法(図3)10)、
② 浮体構造物である洋上風況観測ブイを設置する方法9)
が実観測の方法として挙げられる。
洋上観測タワーによる方法(①)は膨大な費用を要するため実証試験・研究開発を除けば現実的でなく、通常の機器を搭載した洋上風況観測ブイ(②)は国内においては実証試験を行っている段階である。
また、国土交通省等が管轄する既存ブイが対象海域付近に設置されている場合、設置条件が良好であれば観測データに補正等を行い活用できる可能性もある。
なお、風況観測タワーを用いて洋上風況を調査する場合、上記のように洋上風況を実観測する手法のほかに、近隣の陸上に風況観測タワーを設置して推定する手法がある。
タワーでの実観測に限らないが、このように風況を「点」として計測する場合は観測地点と風車設置予定地点の間の水平分布の推定や、観測高度と風車ハブ高の間の高度補正が必要となるため、風況シミュレーション(3.3節)を用いるのが一般的である。
3-2 リモートセンシング観測
求めたい風況ポイントが洋上でかつハブ高(2MW級風車で80m程度)という条件になると、リモートセンシング技術を用いた観測手法も有効であり、主に人工衛星を利用した手法とドップラーラダー・ドップラーソーダーを利用した手法が挙げられる(表2)。
人工衛星を用いた手法では、衛星に取り付けられているマイクロ波散乱計、マイクロ波放射計(SSM/I等)、合成開口レーダー(SAR)を利用して主に波高を観測することによって洋上風況が推定されている11)12)など。 この手法を利用するメリットとしては、沖合までデータが得られるため広く面的分布を把握できることや、比較的長期間のデータが存在することが挙げられる。一方、センサーの特性上、沿岸付近のデータが取得できない場合や風向が不明な場合がある。また、主に10m高の風速を推定しているため、高度補正を行って風車ハブ高付近の風速を求める必要があり、精度良く推定することが難しい場合も多い。
ドップラーライダーは、レーザー光を発射して大気中のエアロゾルからの反射光を受信し、その移動速度を風速として計測する手法であり、気象分野を含めて広く利用されているリモートセンシング技術である。
レーザー光の出力と気象条件によるもののドップラーライダーは数百m~2km程度まで離れた風況を観測できるため、風況タワーでは観測できない高度においても観測が可能である。
しかし時間解像度は一般的な観測手法に比較して粗く、原理的に乱流強度を正確に算出することができない(一般的な直接観測手法と計測対象が異なるため物理的意味合いの違うものを測っていることになる)という欠点を有する。
なお、ドップラーソーダーも似たような原理で計測を行っているが、レーザー光の代わりに音波を発射しているため、近隣に住居などがある場合は利用が難しく、測定レンジや気象条件によるデータ取得率等の面でドップラーライダーと比較して劣る点が多い。さらにドップラーライダー及びドップラーソーダーには、実観測手法に比べ容量の大きな電源が必要であるため、洋上において利用する際には電源確保が大きな課題となる。
通常、ドップラーライダーは鉛直方向の風況把握を行う際に陸上で用いられており、近年では、
① レーザー光を斜め(水平)照射して、陸上部から洋上の風況観測を行う手法、
② 風車ナセル上に搭載して水平方向に観測する手法(風車ロータ前面風速の観測)、
③ 洋上にて浮体上に搭載して鉛直方向に観測する手法、
などの応用方法が開発されている(図2参照)。
①の手法では風車ハブ高における洋上風況を直接観測することができ、実観測を除くその他の手法と比較するとシミュレーションを介さずに洋上の風況を把握できるため、高精度の風況調査を期待できる。ただし、計測可能な距離が海岸(ライダー設置地点)から2km程度という制約があるため(機種、気象条件による)主に沿岸海域が対象となるが、そのデータを用いて風況シミュレーション(3.3節)を実施することでその調査精度は向上すると考えられる。さらに、ドップラーライダーを搭載した浮体構造物による観測手法13)も実証試験を通して開発されつつある。
後編へ続く >
【後編】では、洋上における風況調査手法の「推定手法」から順に説明いたします。
【参考文献】
- 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(2013) 風力等自然エネルギー技術研究開発 次世代風力発電技術研究開発 基礎・応用技術研究開発 平成20〜24年度成果報告書
- 一般社団法人日本風力発電協会(2014) 風力発電導入ポテンシャルと中長期導入目標 V4.3
- 調達価格等算定委員会(2014) 平成26年度調達価格及び調達期間に関する意見
- 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構編(2014) NEDO再生可能エネルギー技術白書第2版
- 千代田デイムス・アンド・ムーア(1993) 大型風力発電システム開発(風況観測)付属資料(全国風況マップ)
- 大塚清敏(2006), 風況予測からみたメソ・ミクロ接続の技術的課題, 日本風工学会誌, Vol.31, No.2, pp.127-132
- 中尾徹,イー・アンド・イー ソリューションズ株式会社と風力発電,JWPA会員 Now
- 杉岡伸一,乾悦郎,高津翼,加藤秀樹,高橋牧,小長谷瑞木(2012) 環境省 浮体式洋上風力発電実証事業-その3-気象・海象および環境影響評価について,第34回風力エネルギー利用シンポジウム講演論文集,pp.191-194
- 小長谷瑞木,加藤秀樹,高橋牧,乾悦郎,杉岡伸一,高津翼(2014) 洋上風車の浮体基礎を利用した浮体式洋上風況タワーにおける観測結果,第36回風力エネルギー利用シンポジウム講演論文集,pp.281-284
- NEDO着床式洋上風力発電実証事業
- 壷内伸樹,大澤輝夫,嶋田進,香西克俊(2011) QuickSCAT海上風データに基づく洋上風況データーベースの作成,日本風力エネルギー協会論文集,Vol.35,No.3,pp.1-6
- 竹山優子,大澤輝夫,香西克俊(2005) 衛星搭載合成開口レーダを用いた沿岸海上風推定,精度の検証,第27回風力エネルギー利用シンポジウム講演論文集,pp.219-222
- 若林 蘭,川東 龍則,山口 敦,石原 孟(2014) 6 自由度の動揺を考慮した浮体式ドップラーライダーの計測に関する研究,第36回風力エネルギー利用シンポジウム講演論文集,pp.329-332
(出典:GFMS World Gold Survey2014)
この記事は
イー・アンド・イー ソリューションズ
小長谷・根本 が担当しました