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なるほど話

カーボンプライシングの現状と展望 その2
~排出権取引~

米国がパリ協定から離脱するための手続きを開始したというニュースが飛び込んできました。CO2の排出量が世界第2位の米国が協定から離脱することは、世界のCO2削減の流れに大きな痛手となることが懸念されます。
しかし、例えば今年6月のG20大阪首脳宣言をよく読むと、米国は、パリ協定からは離脱するものの、それとは異なる道でCO2の削減を推進するという立場を明らかにしています。実際、カリフォルニア州などでは、州レベルの排出権取引制度が進められています。また、アップル社が世界的に自社で使用する電力を100%再生可能エネルギーで調達するなど、民間からの流れも生まれています。
こうした世界の動きを念頭に置きながら、今回は「排出権取引」について見ていきましょう。

ここからは、公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)が主催するISAP(*)2019で「カーボンプライシングの建設的議論を行うために」というセッションを担当された2名の研究者に、カーボンプライシングの主要な手法である排出権取引と炭素税の基礎と現状、そして今後の展望について伺ったお話をご紹介します。

(*) ISAP:「持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム」について
広く地球環境やグローバル社会に関し、世界が将来進むべき方向について、世界中の研究者や政策立案に関与するキーパーソンが一堂に会し、最新の成果を発表し合う場です。
2019年は7月30・31日にパシフィコ横浜で開催されました。

IGES
戦略マネジメントオフィス 研究・出版ユニット
プリンシパルコーディネーター 小嶋 公史(こじま さとし)様
上席研究員 松尾 直樹(まつお なおき)様

写真左から 小嶋様、松尾様、西山

今回は、排出権取引について、松尾さんにお話を伺います。

Q)まず、排出権取引の基本的な仕組みについて教えてください。
A)排出権取引の基本を理解するために、キャップ・アンド・トレード型と呼ばれる排出権取引制度のポイントを見てみましょう。次のようなステップに整理すると理解しやすいでしょう。
  1. 規制主体(ここでは国とします)が、キャップ・アンド・トレードでカバーする工場などの排出源の対象範囲を規定します.排出源の対象範囲は、業種やCO2排出量などに応じて規定されます。
  2. 国が、キャップ・アンド・トレード制度でカバーする排出源の対象範囲全体からのCO2排出可能総量枠(キャップと呼ばれます)を決定します。よくある制度設計では、その総量を、規制対象となる排出源(個別の工場等のCO2排出者)に無償で割り当てていきます。それが各工場等のCO2排出者が期首に所有する排出権の量となります。(*)
  3. 各工場等のCO2排出者は、期末には、実排出量相当分の排出権を所有しておく必要があります。
  4. この場合、各工場等のCO2排出者は、実際に排出したCO2の量と、割り当てられた排出権の量を比較して、実際に排出した量の方が少なければ、割当量との差を他者に売ることができます。逆に排出した量が割当量より多ければ、その分を他者から買ってこなければなりません(実際はダイナミックな排出想定をベースに期中に取引が行われます)。この売買が、排出権取引です。

(*) 一方で、割当が行われず、最初から市場で調達することが求められる制度デザインもあります.この場合にも、期末にて「実排出量≦所有している排出権の量」の遵守が求められることは同じです。

排出権取引制度のイメージ

Q)環境省の資料などを見ると、「排出量取引」という用語が用いられています。これは、「排出権取引」とは異なるものなのでしょうか?
A)意味はどちらも同じです。しかし、取引される対象は、「実際に排出した量」ではなくて「1トン分の排出許可証(=排出できる権利)」なので、本来は「排出権取引」の方がニュアンスとして適切だと考えています。ちなみに目標(排出枠)が取引されるわけでもありません。
という訳で、この記事では「排出権取引」という用語を用いています。
Q)カーボンプライシングの手法として、排出権取引の長所はどのようなところですか?
A)制度対象範囲となる排出源全体からの排出可能総量枠(キャップ)を最初に設定する仕組みであることから、削減目標が確実に達成される方向に価格メカニズムがはたらくことが最大の長所です。CO2排出削減目標の強化(通常は事前に設定)に合わせて、供給される排出権の総量を次第に減らしていくという設定が可能です。また、取引価格が市場で決まるので、経済的インセンティブが働きやすいのも特徴です。
また、一律の炭素税ではCO2排出量の多い産業に大きな負担となりますが、排出権取引では排出権の割り当てによって負担の度合いを調整することが容易になります。
Q)市場が価格を決めるとはどういうことでしょう?
A)炭素税や排出権取引制度は、炭素含有量に比例した価格付けが行われることで、低いコストの削減オプションを市場が探し出して、低いものから実現化していくことを狙う仕組みです(理念的状況ではカバー範囲内では最小コストになります)。
とくに排出権取引制度では、全体目標達成が難しそうになってくると、需給の関係から排出権価格が上がります。それによって、より削減が進み、全体として排出可能総量枠(キャップ)が担保されるわけです。
Q)一方で、万能とはいえない面もあるのでしょうか。
A)まず、制度上、取引という仕組みに参加し、排出量モニタリングなどの運用も必要になることから、対象が、ある一定規模以上の工場等に限定されることです。欧州の排出権取引システムの場合、カバーするCO2排出量は、欧州域内のCO2排出量の約45%です(ひとつの政策措置でカバーされる範囲としては十分に広いとも言えます)。
また、今までの経験からの最大の課題は、事前に排出可能総量枠(キャップ)を決めるため、削減が進みすぎた場合に排出権価格が低迷することです。目標の排出可能総量枠を達成できればOKという考え方もありますが、ある程度の排出権価格でなければ削減のインセンティブにならないため、やはり問題だと思う人が多く、実質上の最低価格を設定する仕組みなどが組み込まれるようになってきました。
一方で、期末の価格暴騰の可能性ですが、いまのところ実例はありません。排出可能総量枠の目標が緩すぎたという点もあるかもしれませんが、企業が高騰を見越して、対策を前倒しで進めたということもあるのでしょう。
今後は、「1.5℃特別報告」を契機に排出目標が強化される動きに伴って、排出権の価格も上昇していくかもしれません。
Q)排出権取引に対しては、価格が予測できないので経営上好ましくないという声もあるようです。
A)排出権は原材料のひとつだと思えばよいのです。為替レートや石油価格を見ながら経営するのと同じように、安い時に仕入れ、余っていれば高い時に売ればよいのです。炭素税は頑張って排出量を削減しても一方的に納税するだけですが、排出権は売ることもできるのでビジネスチャンスが広がる、と考えられるのではないでしょうか。

ここまで、排出権取引の基本的な仕組みについてお話しを伺いました。次回は、排出量の割り当てについて伺いたいと思います。


西山 この記事は
DOWAエコシステム 環境ソリューション室
西山 が担当しました

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