IPCC(気候変動に関する政府間パネル)とは その6
〜報告書の信頼性〜
IPCCインベントリータスクフォース 共同議長
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)
上席研究員 / TSUシニアアドバイザー
田邉 清人(たなべ きよと)様
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)
IPCC - Intergovernmental Panel on Climate Change
1997年に採択された京都議定書以来18年ぶりの国際的枠組みであるパリ協定をはじめ、気候変動に関わる国際条約や政策を検討する際には、IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change(気候変動に関する政府間パネル)の評価レポートが科学的根拠として用いられます。
世界で最も信頼できると言われるIPCCのレポートはどのように作られているのか、IPCCインベントリータスクフォースの共同議長をされている田邉清人様にお話を伺いました。
今回のインタビューは環境ソリューション室 三戸が担当いたします。
【その6】報告書の信頼性
今回は報告書の信頼性について具体的にお伺いしたいと思います。
1)報告書の信頼性
数年前に横浜で、AR5のワーキンググループ2の会合があって、それに出席したIGESのメンバーから、“文言の一字一句まで徹夜で検討を重ねた”って聞いたのですが、本当ですか。
それは、ある意味、本当です。
IPCCでは、評価報告書を承認する際、加盟国195カ国の政府代表が集まって最終検討を行います。その場にはレポートを作った科学者の代表もいて、政府代表からの質問とかコメントに答えるわけです。
政府代表というのは、日本で言うと、環境省の方ですか?それとも、外務省?気象庁?
日本の場合は、通常、複数の省庁から成る政府代表団が参加します。環境省をはじめ、文部科学省、経済産業省、林野庁、外務省、などです。
レポート執筆者は、100人から多いと2000人程度と先ほど伺いましたが、執筆者は全員出席するのですか?
さすがに全員は出席できません。レポートの執筆者の中には、それぞれの章の統括責任者がいるのですが、彼らが出席するのが普通です。
IPCC加盟国は、195か国との事でしたので、政府代表側は195人出席するという事ですか?
日本と同様、複数のメンバーから成る代表団を送る国が多いので、出席者はもっと多いです。
評価報告書を全部、承認していくのですか?
レポートの種類にもよりますが、一番メジャーな『Assessment Report』(評価報告書)だと、各ワーキンググループの分それぞれが10cmにもなろうかという分厚いレポートになります。当然、政策決定者はそんな分厚いレポートを読めないので、そのレポート本体の他に、「SPM(Summary for Policy Maker):政策決定者のための要約」というのを作ることになっています。SPMはせいぜい30ページぐらいなんですけども、そのSPMをLine by lineと言って一行一行承認していくんです。
SPMって、このホームページに掲載されているこれですか?
IPCCホームページ(英語)
Climate Change 2014 Synthesis Report (統合報告書) Summary for Policymakers
Summary for Policymakers Working Group 1
Summary for Policymakers Working Group 2
Summary for Policymakers Working Group 3
日本語:気象庁ホームページ
IPCC 第5次評価報告書
そうです。
この「SPM(Summary for Policy Maker):政策決定者のための要約」のドラフトで、この行はみんな、承認か」と聞いて、承認だと、「じゃあ、この行はOK。次の行はどうだ」というやり方をしていきます。一語一語、微妙なニュアンスがあったりするので、「えっ、そんな所を突っ込むの?」みたいなやり取りが続くこともあります。このため、長いときは4、5日ほど、半徹夜の連続になったりします。
英語が母国語の国、そうでない国がありますし、国によっても言葉のニュアンスは、異なると思いますし、難しそうですね。
「えっ?こんなところ?」と思う所でも、反対する国は反対するんですね。IPCCのレポートは出版後に自国の政策や国際交渉に影響を及ぼすので、政策決定者としては、微妙な言葉遣いにも神経をとがらせるんです。
一方、科学者は科学者で、やっぱり自分が科学的な良心から作ったレポートなので、なるべく守りたいわけですが、どうしても政府代表に納得してもらえない場合があったり。そうすると、科学者も自説を曲げないけれども「こういう言い換えだったらどうか」という提案をしたりするわけです。
政策決定者側全員から承認を取るというのは、大変な作業ですね。
一行一行、出席している全加盟国の承認を得ていくのは、気が遠くなるような作業ですが、それはIPCCのレポートの信頼性を高めるために必要不可欠です。この最終承認に至るまでに3度行われる専門家レビューや政府レビューも含め、多くの政策決定者や科学者が内容を厳しく吟味する、これらのプロセスこそが、IPCCのレポートが世界中の政府・科学者から信頼され特別重要視される所以なのです。
揉めた場合は、最後は多数決ですか。
いえ、完全コンセンサスです。1カ国でもNoと言ったら駄目です。
最終承認には必ず政府の同意が必要で、ときにはごく少数の国の反対で議論が止まってしまうこともあります。一見、国際条約の会議の政治的な議論のような様相を帯びることもあり、「IPCCのレポートは政治的な思惑でゆがめられていて、純粋に科学的なレポートとは言えないのでは?」と批判する人もいます。
しかし、前に述べたように、科学者は科学的良心に基づき守るべきところは絶対に守るので、そうした批判はあたらないと思います。
一方で、政策決定者による承認を逆手に取って、評価報告書なんて国の都合のいいようにでっち上げられていると言う方もいますね。
たしかに、温暖化懐疑派から温暖化を否定する意見が出て来るということはありますが、IPCCではこれまでお話したようにどこかの国の都合のいいように書くことは絶対できない仕組みになっています。
IPCCも偏った科学者だけを選んではいません。加盟国政府から広く推薦してもらって、執筆者を選定していますが、執筆者の中には一部の懐疑派の意見に近い見方をもっている人もいると思います。そういう人たちが入ることによって、バランスが取れた報告書になっていると思います。
ありがとうございました。政策決定者から承認を得る事、それが完全コンセンサスである事、温暖化懐疑派の人たちも執筆メンバーに入っている事など、驚きの連続でした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、「私たちにできる事&最近の動向」についてお伺いします。