IPCC(気候変動に関する政府間パネル)とは その4
〜TFI(インベントリータスクフォース)の仕事(1)〜
IPCCインベントリータスクフォース 共同議長
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)
上席研究員 / TSUシニアアドバイザー
田邉 清人(たなべ きよと)様
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)
IPCC - Intergovernmental Panel on Climate Change
1997年に採択された京都議定書以来18年ぶりの国際的枠組みであるパリ協定をはじめ、気候変動に関わる国際条約や政策を検討する際には、IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change(気候変動に関する政府間パネル)の評価レポートが科学的根拠として用いられます。
世界で最も信頼できると言われるIPCCのレポートはどのように作られているのか、IPCCインベントリータスクフォースの共同議長をされている田邉清人様にお話を伺いました。
今回のインタビューは環境ソリューション室 三戸が担当いたします。
【その4】TFI(インベントリータスクフォース)の仕事(1)
今回は具体的に田邉さんのお仕事についてお伺いしたいと思います。
1)TFI(インベントリータスクフォース)の仕事
田邉さんの共同議長というポジションも含めて、どういったお仕事がメインになってくるのか。例えば、次のAR6に向けてどんなお仕事がされているのかということをお聞かせください。
私は、先進国側の共同議長ですが、もう一人の共同議長はペルーから来ています。このコンビでTFIのいろいろな活動全般の総指揮を執り、その責任を負います。
現在のIPCCの体制はAR6(Assessment Report:評価報告書)のレポートの完成に向けて2022年か23年ぐらいまで続くのですが、その中でTFIはAR6そのものにはあまり関与しません。全く関与しないわけではありませんが、AR6そのものはワーキンググループ1、2、3が執筆をして、TFIはその内容には積極的には関わらないんです。
そのかわり、TFIには独自の役割があって、具体的に言うと各国が温室効果ガス排出量の計算をする際に使う計算方法の開発・改良に取り組んでおり、そのためのレポートを現在作成中です。
TFIのレポート作りをする執筆者を各国から推薦された専門家から選ぶときはTFIの理事会の様な場で選ぶのですが、その仕切り役がわれわれTFI共同議長です。
執筆者選任の仕切り役という事ですね。
もちろんそれだけではなくて、その後、執筆者が集まる会議もわれわれが議長役になって仕切ることになります。
レポートの各章を実際に書くのは、各国から選ばれた専門家(執筆者)ですが、執筆者たちの作業を監督・調整してレポート全体のとりまとめをするのが、我々共同議長の役割です。
まとめる対象はどれぐらいの人数になるのでしょうか。
作り始めたTFIのレポートの執筆者は、今のところ190人程度です。
すでにすごい数ですね、その人たちに依頼したり、まとめたりするのは、想像しただけで大変そうです。どうやって、進めていくのですか?
まずレポートの目次構成を考えて、それをIPCCの総会に承認してもらわないといけません。TFIのレポートに関してはその承認は済んでいて、その目次構成に従って、この章にはこういう専門家が必要だろうということを考慮しながら、各国から推薦された専門家の中から適任者を選んでいくという手順です。TFIのレポートについては、この段階ももう終えており、190名程度の執筆者が選ばれたというわけです。
研究論文を書くときに、まず目次を考えろ、というのに似ていますね。スケールが違いますが。
執筆者が選ばれたら、次はその人たちに集まってもらって、それぞれの章について、どういうデータを探してきて、どういう書きぶりにしようかという議論してもらう会議を開きます。我々TFI共同議長は、その会議の取りまとめ役をします。
190人となるとその段取りも重要で、レポートの目的とか、方向性とか、全体通して気を付けなきゃいけないこととか、そういったことを全体会議で共有します。その後は小さいグループに分かれてもらって、それぞれで議論してもらって、その結果を取りまとめる会議をまたするという流れです。
190人での全体会議というのはどのように開かれるのですか。頻度や場所など・・。
今作っているレポートの完成予定は2019年5月ですが、それまでに4回会議をすることになっています。最初の会議は、2017年6月中旬に開催しました。
スペインのビルバオという所で開催しましたが、どこで開催するかの決定は、基本はオファー待ちです。「次の会議、うちでやりませんか」というオファーが必ず来ますので、その中から選んでいくという感じです。
結構コストがかかりそうですね。
開催地が先進国の場合は、ほぼ全部の会議費は開催国で負担してもらいます。途上国の場合は、IPCCの信託基金から一定のお金が出て、その中でやりくりしてもらう仕組みになっています。
AR5の報告書の本体って何ページぐらいあるんですか。報告書の厚みというか、どれくらいなんでしょう?
レポートの種類によってさまざまですが、例えばAR5ですと、各ワーキンググループの1冊が10cm弱ぐらいでしょうか。それが3冊あるからおよそ20〜30cmではないでしょうか。ページ数でいうと、5,000ページ以上はあると思います。
さらに、その3冊に加えて、『統合報告書』という3つのグループの知見を統合したレポートがもう1冊あります。
われわれTFIの成果物で言うと、さまざま種類がありますが、そのうちflagship productみたいなもの(IPCCインベントリーガイドライン)は5巻から成っています。紙媒体では各巻がバインダー形式になっているのですが、5巻のうちの2つは厚すぎてバインダー2つに分けているので、1冊10㎝弱の厚さのバインダーが全部で7冊。重さで言うと10キロくらいになるでしょうか。
「flagship product(IPCCインベントリーガイドライン)」は、データ資料集みたいなものですか。
いいえ。結構、表が入っていますが、計算方法集のようものです。
計算方法は、昔から変わらない単純な計算方法も相変わらずありますが、研究が進むにつれて、より正確な計算方法が見つかったとか、あるいは、昔はなかった新しいガスが作られるとかがあって刷新されていきます。
例えば、シェールガスは10年ぐらい前まではほとんど使用実態がなかったので、2006年に作ったTFIのレポートの中にはその計算事例が入っていないのですが、今はシェールガスの採掘・利用が盛んなので、シェールガスから出るメタンガスの計算方法を入れなくてはならない段階なんです。
メタンといえば、ウシの頭数とかも大事なんですか。
ウシの頭数は大事ですね。ウシのゲップのメタンも大事で、家畜統計のようなものから頭数で計算します。家畜統計のようなものは先進国ではしっかりした統計資料をどの国も持っているのですが、アフリカみたいな国だと「うちの国は、隣の国とウシが行き来してるんだけど、頭数はどう数えればいいんだ」みたいな、そういう質問を受けたりすることもあります。基礎的なデータの取得が容易でない場合が多く苦労します。
また、野生はノーカウントで完全に自然のものは、Inventoryには入れないことになっているのですが、何が野生で、何が家畜なのかという定義も必要です。「人間がいなくてもあったはずのもの」と「人間のせいで追加されたもの」というような定義は難しくなってきます。
家畜としてのウシ、ブタ、ニワトリは当然、入ってきますけど、イヌとか、ネコは入りません。家畜のラマとか、アルパカはインベントリーの計算に入れるべきだろうか、といった話も、半ば真面目にやるときありますね。
自然由来のCO2は、いわゆるバイオ系のCO2なので、カウントしないのですが、堆肥などはそのまま放っておくと、メタンが出ますので、そのメタンは関係してきます。更には、し尿の処理方法をどうやっているのかも関係します。
実は、家畜産業は削減余地が結構あるといわれています。
例えば、飼料の改善で、メタンの出る量を少なくしたり、あとは、メタン回収のようにうまく処理することによって、ガスを出さないようにするというのがありますね。
アフリカなどは先進国と違いデータの取得が容易ではない、ということですが、ちゃんと排出量を計算できるのでしょうか。
アフリカに限らず途上国は、資金的なサポートも技術指導も必要で、その支援は先進国側が積極的にやっています。JICAみたいな組織が、ヨーロッパやアメリカにもあって、そういう所が支援プログラムで指導しています。
このような国は温暖化ガスの排出量は少ないですが、先進国に比べて温暖化が及ぼす自然災害に対しては、貧しい国ほど影響を受けたりするので、途上国はこのような支援の適用が、温室効果ガス排出量の計算に限らず、適応や緩和対策の計画・実施についても、必要不可欠で、重要視されていますね。
特に、ツバルのような島しょ国とかは、すでに海面上昇の影響をまともに受けてしまっています。
レポートの基盤となる目次構成から執筆者の選任・会議の議長、温室効果ガス排出量のデータ作りの支援、等々、TFIはまさに報告書作成の基幹を担っているということですね。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、「田邉さん(共同議長)の仕事」についてお伺いします。