対談企画 サーキュラーエコノミーとの向き合い方 その1
ソフトローとハードロー
前回まで、喜多川様とのご対談をお届けしましたが、今回は、関西学院大学の早川先生とのご対談をお届けします。
ちょうどエコジャーナルの「その道の人に聞く」のコーナーで、早川先生に、日本とEU の環境規制が成立するプロセスの違いについて教えて頂き、日本とEUでは歴史や立法の仕組みが違う、ということを知りました。
一方で、先日の細田先生と早川様のご対談の中でも、日本はソフトローのような自主規制的なものも実効性がある、という話をされていたり、細田先生が環境政策のソフトローについて分類されているのを拝見しまして、これをテーマにご対談いただきたいと思った次第です。
(参考)循環経済における自主的取り組み【ソフトロー】の役割(その2)
(NPO法人 国際環境経済研究所)
細田 衛士(ほそだ えいじ)様
東海大学副学長、政治経済学部経済学科・教授
慶應義塾大学名誉教授
中部大学理事、学事顧問、名誉教授
1993年より国税庁中央酒類審議会 新産業部会リサイクルワーキンググループ座長、1995年通商産業省産業構造審議会廃棄物小委員会委員、2000年運輸省FRP廃船の高度リサイクルシステム・プロジェクト推進委員会委員、2003年環境省政策評価委員会委員、2011年中央環境審議会委員、2011年林政審議会委員、2023年「サーキュラーエコノミーに関する産官学のパートナーシップ」事業における総会、ビジョン・ロードマップ検討ワーキンググループの委員などを歴任
早川 有紀(はやかわ ゆき)様
関西学院大学 法学部 准教授
東京大学大学院 総合文化研究科 学術研究員(2015年10月〜2016年3月)、早稲田大学 社会科学総合学術院 助教(2016年度)、関西学院大学 法学部 助教(2017〜2018年度)、カリフォルニア大学バークレー校 東アジア研究所 客員研究員(2021年8月〜2023年8月)などを歴任。関西学院大学 法学部 准教授(2019年〜)
早川
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私は 元々政治学の出身で、 EUでは、日本で考えられないような厳しい規制が成立しているところに関心を持ち、日本とEUの化学物質規制について研究していました。
先生の論文や御著書はとてもわかりやすく書かれているので、リサイクルに関心がある学生や、地域の循環型経済に関心を持っている学生にお勧めしています。
細田
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恐縮です。関西学院大学はいかがですか。
早川
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関西学院大学は兵庫県にあり神戸にも大阪にもアクセスしやすい場所です。駅からは少し距離がありますが、キャンパスがとても綺麗で、いいところです。
■色々なソフトロー
細田
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先ほど紹介のあった、『循環経済における自主的取り組み【ソフトロー】の役割』では、ハードローは、国や自治体による強制力によって執行が担保された法規範で、ソフトローは、そのような強制力がないけれども、人々の行動を一定の方向に制約づける非法規範、として分類しました。といっても、ハードロー的なソフトロー(すなわち拘束力の強いソフトロー)もあるしソフトロー的なハードロー(すなわち拘束力の弱いハードロー)もあるし、成り立ちもそれぞれ違うので、色々あります。
例えば、公害防止協定をご存知のことと思いますが、日本には22万くらいあると言われています。
上田
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確か、公害防止協定は、地域の生活環境の保全を目的としたもので、事業活動や事故による公害を未然に防止するため、地方自治体と事業者の間で締結するもので、法令による規制基準を補完したり、地域に応じた協定値が設定されたりと、具体的な公害対策が示されます。
(出典)寺浦 康子“公害防止協定の法的効力とその活用── 最高裁平成 21年 7月10日第二小法廷判”, 環境管理│2013年1月号│Vol.49 No.1
細田
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公害防止協定は企業が自治体と結ぶもので、自主的なものですが協定の内容は大気汚染防止法や水質汚濁防止法の内容より厳しいんです。そんな公害防止協定をなぜ企業が結んだのかというと、公害が顕在化した当時の社会の雰囲気の中で、そうせざるを得なかった、という事情があったと思います。
一方で、国が音頭を取って作ったソフトローの典型例は自動車の分野ですね。「使用済み自動車リサイクル・イニシアチブ」は、自動車リサイクル法が成立する前にできたもので、このイニシアチブを下敷きにして自動車リサイクル法ができました。国も参画した面白い形のソフトローです。
詳細行動規定型に分類したのですが、共有範囲が限定的で規範内容が詳細なものもあります。「鉄鋼スラグガイドライン」は、業界が率先して作ったもので、内容は非常に細かく規定されています。
法律あるいは条例つまり国会などの議会で決めた以外のもので、イニシアチブが民間にあればソフトローとして位置づけて、さらに対象別でも分類したのですが、ソフトローの中にも、渋々作ったものや、こうしないとダメだよねというように国の指導が入ったものや、業界が率先して作ったものなど、色々な成り立ちのものがあります。
早川
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法律の分野だと、誰が設定するかによってソフトローかハードローかに分類されます。政府が主体となって作られたものがハードローで、業界が主導して作られたものがソフトローと分類されますので、対象で分類する見方はすごく新鮮でした。民間が主導的に関与したものの方が、バリエーションが豊富ですね。
細田
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家電製品協会による家電製品の製品アセスメントマニュアルガイドライン等は割と細かくできていて、家電リサイクル法を補完する形になっています。
(参考)家電製品協会ウエッブサイト
日本はEUみたいに、REACHのような大がかりな化学物質規制を始めたり、電池規則にELV規則にと規制をどんどん作っていくやり方ではないですが、日本のやり方は割とフレキシブルに対応していると思います。
早川
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日本は業界がきちんとまとまっているのがすごいと思っています。
EUは国によって環境に対する取り組み方が違っています。一般的に北欧諸国やドイツなどの国はとても一生懸命だけど、南の方の国はそこまで環境第一でもない、という感じで、国によってスタンスが全然違います。
でも、日本は業界の意識がとても高いし、自主的に動く真面目さがあります。それがいいところでもあるし、逆に真面目すぎるかもしれないと思えるところもあります。ヨーロッパは、「これは長期的な目標だから 今すぐ守れなくてもいいんだ」、と直接的には言いませんが、“長期的にこういう風に取り組んでいこう”と打ち出します。
日本は目標が出来たら、必ず到達できるよう、すぐに守らなければならないという意識が高い。逆に守れないかもしれない長期的目標は立てにくい。だからこそ、日本では自主的な取り組みというのがすごくうまく機能するんだろうなと思います。
細田
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確かに、EUは2030年にこういうことをやりますよとか、方向性を見せてくれるから、 そういう意味でアクセプタブル、受け入れやすいと思います。それでも嫌だという人もいるかもしれないけどね。
日本は、みんなに、「いい?」「いいですね」、「大丈夫?」「大丈夫ね」と確認して、みんな大丈夫ならやりましょうという感じで進めていって、施行日からきっちり実施されます。
EUではなかなかそうはいきませんが、方向性は非常に明確に見せてくれます。概念設定において、なぜやるのか、どういう経済を作るのか、雇用力を保つんだ、競争力をつけるんだとか、ちゃんと書いてあります。「ほんまかいな、これは出来ないんじゃないか」、と思うものがあったり、「ああいいね、その通りだよね」と思えるものがあったりで、読みごたえがあって面白いんですよ。
日本の霞ヶ関のペーパーは、「そうだよね、確かにそうだよね」って、内容が正確だけど面白くないんですね。みんなが合意した内容だから、仕方がないですけどね。
早川
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そうですね。日本は確実にできる内容がきちんとルールになっていくスタイルなので、EUとは進め方が全然違います。
EUの場合は環境にものすごく熱心な国やアクターがリーダーシップをとっているのですが、日本の企業は横を見る文化があるんでしょうか。
細田
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そうだと思います。だから、家電とか自動車とかの審議会で、業界代表者の言うことが捉えどころがなくて、よくわからない、ということがよくありました。A社さんはこう言っていて、B社さんはそう言っていない、と最大公約数を持ってくるから、やる気があるのかないのかよくわからない。ただ、最後はまとめてくれる、やるとなったらきちんとやる、というのは日本の業界の強みですね。
早川
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それと、国や地域、あるいは時代によって、ソフトローとハードローの組み合わせ方は変わりますね。
日本はソフトローが機能する土壌がきちんとあると思うのですが、例えば環境を重視しない国だと、ソフトローがうまく機能しないところもありますね。
細田
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そうですね。社会の仕組みが違うので単に良い・悪いと比べても意味がないですよね。発展経路が違った結果として今の状態があるので、この長い歴史の中でどうなってきたのかを見ないといけません。比較というのは難しいですね。
比較する際にポイントになるのは、合意形成がどういう風になされてきたのか、だと思うんですね。そんな昔の事と思われるかもしれないけど、日本の近世まで遡って考えると、江戸時代は封建性社会といえども、江戸幕府は庶民のことをすごく注意深く見ていて、 ある程度のお目こぼしもあった。だから、『仮名手本忠臣蔵』(かなでほんちゅうしんぐら)は、幕府への反逆とも取れるんだけど、このぐらいならいいなって、目をつぶっていたから、上演できていた。
(参考)仮名手本忠臣蔵
通称『忠臣蔵』。赤穂事件を題材とした人形浄瑠璃と歌舞伎の演目のひとつそういうのを 押さえつけて失敗したのが、寛政の改革で松平定信が民衆から総スカンを食いましたし、水野忠邦もそうでした。
江戸時代は上位下達で厳しく統治していたように思われていますが、意外と日本のお上は庶民のことを考えていたと思います。
それは今も活きていて、審議会などで官庁とやり取りをする機会は多くありましたが、裁判所や霞が関の官庁は、庶民は何を考えているのかを見ていると思います。もちろん西欧も市民を見て政治をするんだけれど、個の世界での民主主義であって、市民社会の中で意見が集約されるという感じですね。日本はそういった個がベースとなった民主主義とは別の、社会的雰囲気を見るという合意形成の仕方があると思います。
西洋は社会的雰囲気を見るという事はできないから、個の社会を優先して民主主義の経済社会を作らないといけません。
だから、日本でソフトローが働くというのは、業界あるいは業界団体が、社会的雰囲気や、世間の批判的な意見も見ながら、空気を読みながら、1つの規範を自分たちで作り上げるっていうのがあったんじゃないかな。
上田
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日本は島国で、外から敵が攻めてくる事があまりなかったので、日本の中で協調して物事を進めていくことがメリットになったけど、中国やヨーロッパはどんどん敵が攻めてきて、国内で空気を読んでいても外から攻められたら元も子もないので、個が強くなる必要があった、という話しを聞いたことがあります。
細田
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それもあるでしょうね。
あとは近世になる時、封建国家から市民社会に移る時に、彼らは革命を起こして王様の首を切ったんですね。ドイツはちょっと違ったけど、最後にカイザーは追放された。そういうドラスティックな、個の確立をベースとする社会と、“みんな一生懸命に”という和の関係性の中で合意していくことをベースとする社会というのは、大きく違う。個の独立というのは、もちろん日本でも大事にしないといけないんだけど、西欧社会をスタンダードというか模範として社会問題を考えるのは、日本人にとってはハッピーなのだろうか。日本は西欧とは少し違った形で解決することができるんじゃないかと思います。
■新しいかたち
早川
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日本は横を見ながら調和しながら進めていく社会ではありますが、海外の企業が日本に進出してきたり、経団連に入らない企業があったり、近年は業界団体がかつてほど1枚岩になりきれていないようにもみえるのですが、いかがですか。
細田
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そうですね、そういう面はありますが、一方で、 新しい業界というか団体ができてきています。例えばプラスチックだとCLOMAという団体が平成30年に設立されました。
(参考)クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス(英文名:Japan Clean Ocean Material Alliance 略称「CLOMA」)
CLOMAは従来の業界団体ではなく、そういうプラスチック容器を作る人、使う人、 運ぶ人みたいに、異業種が集まってプラスチック廃棄物の問題を解決しましょう、という団体です。
他には、行政も参加した団体、というのもあります。
例えばSDGs未来都市は市町村が主体となって実施するのですが、他者と協力しないとできないので地域の学校や企業などとアライアンスを組むんですよ。飛騨高山とか非常に盛んな自治体があります。こういう異主体が組み合わさった 一種のソフトローの担い手みたいな団体が、今後もっとできていくと思っています。従来の業界のいい面を使いながら、日本独自のアライアンスみたいなスタイルがCEには非常にフィットすると思いますね。
法律で全部を規定するのは難しいので、例えば、アライアンスを組んでソフトローだけでやりましょうみたいなスタイルも、新しい経済のあり方として十分あり得るんじゃないかな。
早川
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地域社会の中で異なるアクターが結びついて、社会課題を解決するというスタイルは、ヨーロッパやアメリカでも見られます。日本でもそういう可能性があって、今後それが増えていきそうなのは、なるほど、今の時代にマッチしたスタイルなんだなと思いました。
細田
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例えば、食品ロスも、かつては年間600万トン以上あったんですが、最近は500万トンを切るほどの勢いなのです(令和4年度推計、農林水産省)。
(出典)食品ロス及びリサイクルをめぐる情勢(農林水産省)
市町村が住民と協力しながら、例えば3010運動みたいに、「食品ロスをなくすために、会合があったら初めの30分は食べましょう、真ん中の時間は話しをして、最後の10分は自席に戻って食べましょう」と、様々な主体、例えばレストランやホテルなどで活動していて、うまくいってるところもあります。市町村によりますが。
(参考)3010(さんまるいちまる)運動は、宴会の時の食品ロスを減らすためのキャンペーンです。乾杯からの30分間とお開き前の10分間は自分の席で料理を楽しみ、食べ残しを減らそうと呼び掛けることから「3010運動」と名付けられました。
(出典)3010運動って?(エコジン、環境省)
■コンセプトメイキング
細田
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日本は西欧とは少し違った形で社会課題を解決することができると思う一方で、EUはすごいと思う所もあります。
EUは、規範を作るのがすごく上手です。コンセプトを打ち出して、体系性もある。CEでも、本当にできるかどうかは別として、新しい経済で雇用を作り出すんだと打ち出しています。コンセプトとして間違いではないと思うんだけど、実際は難しくて簡単ではない。だけど、彼らはバラ色の絵を描いて、そこに規則を当てはめて、全体のコンセプトを作っていくというのが非常にうまいと思うんです。
それと比較すると、日本の規制はパッチワークの様に思えます。
行政学を専門とされる先生からは、どのように見えていますか?
早川
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確かにIPP(統合製品政策)戦略とかグリーンディールとか色々なコンセプトが打ち出されていて、 先行して走っている規制に並行して後からくっつけていったものが、最終的にうまく 1つの仕組みの中に収まっていると思います。
どうやっているのか、よくわからないようなところもありますが、EUは、全然違う利害を持っている国を、1つの目標に向かわせなければいけない、「単一市場」というのがすごく大きな力になっています。
環境に対して積極的な国、先進的に取り組んでいる国、そうでない国、 そこまで熱心ではない国など様々な国が、1つの目標に向かっていくためには、みんなでハッピーになるような仕組みを描かなければいけない。新しい市場や雇用を作り出すとか、規制によって、外から入ってくる製品に厳しい規制を遵守させつつ、ヨーロッパで製造する商品の価値を高めるといった意識も持っていると思います。
あと、北欧諸国のような環境に対して意識の高い国や欧州委員会を中心に、規範をみんなで作らなければいけない、EUが世界の国々をリードしていくんだ、という思いを持っていて、それが反映されるようなものになっている、という面はあると思います。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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