カーボンプライシングの現状と展望 その1
~カーボンプライシングとは~
台風の被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。
今年は最大級の風速と最大級の雨量という巨大な台風に二度も襲来されるという、過去に例のない年となりました。台風は海水温が高いほど強大に発達する性質があり、今回のような巨大台風が立て続けに発生するようになったのは、地球温暖化で海水温が上昇しているためとも言われています。
今後、このようなことが例外ではなく毎年のように起こるかと思うと、温暖化対策は待ったなしの状況にあると否応なしに感じさせられます。また最近では、国連でのグレタ・トゥーンベリさんの演説も強い印象を残しました。
1. はじめに
二酸化炭素などの温室効果ガスの削減を世界が一丸となって進めるという方向性は、1992年の気候変動枠組み条約で最初に合意され、1997年の京都議定書やその後の紆余曲折を経て2015年のパリ協定によって再び合意されました。
その後、2018年にIPCCから発表された「1.5℃特別報告書」は、温暖化の進行とその影響が想像以上であることを報告し、世界に大きな衝撃を与えました。これを受けて各国から、CO2削減目標を強化するという方針が次々と打ち出されました。
パリ協定では、各国が削減目標を提出し、その進捗を確認し合うというルールになっており、実際にどのように削減を進めるのか、その方法は各国に任されています。
参考記事:そうだったのか!地球温暖化とその対策(8)~気候枠組条約締約国会議(COP21)について~
今回は、CO2排出削減の政策のうちの1つとして、世界で導入が進んでいる「カーボンプライシング」について詳しく見ていきます。
2. カーボンプライシングとは
カーボンプライシングとは、文字通り炭素に値段をつけることです。ここで言う炭素とは、化石燃料に含まれる炭素を指します。
化石燃料を消費(燃焼)することによって二酸化炭素が排出されます。化石燃料に含まれる炭素の量に応じて価格を上乗せすることで、化石燃料が使われる量を減らし、二酸化炭素の排出を減らす、という効果を狙うものです。
価格をつける代表的な方法には「排出権取引(※)」と「炭素税」があります。次号以降、排出権取引と、炭素税について解説していきます。
(※)環境省などの資料では「排出量取引」となっていますが、今回お話を伺った専門家のお話で、本来「排出権取引」の方が厳密な意味で正しいとのことだったので、そのように記載しています。
3. 日本の現状
カーボンプライシングの詳しい説明に入る前に、日本の現状を世界と比較してみたいと思います。
日本でのカーボンプライシングは、2012年から「地球温暖化対策のための税」という炭素税が導入されています。税額は、CO2排出1トン当たり289円です。ガソリン1リットル当たりのCO2排出量が約2.3kgですから、ガソリン1リットル当たり0.7円弱の上乗せという計算になります。
一方、世界で最も高い炭素税は、スウェーデンの127ドル/t-CO2です。ガソリン1リットル当たりでは32円の上乗せになります(※)。これでは休日のドライブを控えたくなりそうです。次いで、スイス、フィンランド、ノルウェイ、フランスが100~50ドル/t-CO2の範囲にあります。ガソリン価格では25~12円/ℓ相当です。
(※)1ドル=110円で計算。参考資料:世界銀行「State and Trends of Carbon Pricing 2019」
ガソリンにはすでに揮発油税がかかっているのでは、と思われた方もいるかもしれません。揮発油税はCO2の排出削減を目的としていない点と、課税額がCO2の排出量ではなく燃料の種類によってきめられているという点で、厳密には炭素税とは言えません。
ガソリンより軽油が安いからとディーゼル車を選ぶ人もいますが、軽油1リットル当たりのCO2排出量は2.6kg/ℓと、ガソリンよりも少し多いのです。同じ1kmを走るのにCO2排出量が少ないのはどちらなのでしょうか?燃料価格がCO2排出量に比例していれば、CO2排出量の少ない燃料を選ぶのも容易になりますね。
日本では石炭にかけられる税金が安く、石炭火力発電がコスト的に有利であることが、諸外国から問題視されています。石炭は他の燃料に比べて水素の割合が低く炭素の塊のようなものなので、石油や天然ガスと比べると同じエネルギーを得る際に、多くのCO2を排出してしまいます。一方で、石炭は石油や天然ガスと比べると安価なため、石炭が使われ、CO2の排出削減は進まない、という訳です。
燃料としての価格とCO2の排出量の不均衡を是正するために、CO2排出量に応じてコストを負担するようにすることでCO2排出削減を目指すのが、カーボンプライシングなのです。
4. 世界の状況
2016年に公表された世界各国の「実効炭素価格(※)」を比較したグラフを見てみましょう。
(※)実効炭素価格:炭素税、排出量取引制度による炭素価格、エネルギー課税を合計したもの。
地球温暖化対策のための税に加え揮発油税など燃料にかかる税金を総合して算出される日本の実効炭素価格は、34ユーロ/t-CO2です。
出所:「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」取りまとめ(H30年3月)
この価格水準は、高いのでしょうか、安いのでしょうか。
日本の水準は、OECDが示す主要国の中で中央より少し下、価格では最も高いスイスの1/3といったところです。日本より上位はほとんどがヨーロッパの国で、排出量の多い中国と米国の実行炭素価格は随分と低い水準です。しかし、中国は2017年に排出権取引を導入しましたし、アメリカも州単位で排出量取引を導入していますので、2016年当時に低い水準だったとしても、状況は刻々と変わっています。
主な炭素税導入国の炭素税率の推移のグラフをご紹介します。フランスが2030年に100ユーロ/t-CO2まで段階的な引き上げのスケジュールを公表していることに注目したいと思います。
次号以降で説明していきますが、EU諸国は、炭素税と排出量取引を併用してCO2排出量の削減を目指しています。
実効炭素価格=炭素税+排出量取引制度による炭素価格+エネルギー課税
ですので、炭素税が直接的にその国全体の炭素価格に直結するわけではありませんが、炭素税を段階的に引き上げるという政策を取っている、ということがわかります。
出所:「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」取りまとめ(H30年3月)
下の図は、炭素税や排出権取引を導入している国や地域を示したものです。
排出権取引と言えば、EUの制度が代表的ですが、他にもアメリカの州レベルや、最近では韓国、中国でも導入されました。日本は、国レベルでは地球温暖化対策のための税が導入されていますので、炭素税導入済、排出権取引検討中、となっています。地方レベルでは、東京都と埼玉県が大規模事業所を対象に排出権取引制度を導入していますが、ご存知でしたか?
出所:「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」取りまとめ(H30年3月)
下の表は、炭素税や排出権取引が導入された時期を示したものです。炭素税導入の歴史は、1990年代の北欧にさかのぼります。日本で消費税が導入されたのが1989年4月ですので、同じくらいの歴史があるのですね。
出所:「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」取りまとめ(H30年3月)
5. さいごに
様々な環境規制の歴史を振り返ると、EUが電子・電子機器に含まれる有害物質に関するRoHS指令を制定し、日本企業がその対応に追われたということがありました。近い将来、例えばEUが「CO2削減の不十分な国からの輸入を制限する」とか「カーボンプライスの差額に応じた関税をかける」といったことが起こるかもしれません。そのような措置がWTOのルールに違反しないかといったことは、実際に検討が行われているそうです。
私は以前、土壌汚染に関する業務に携わっていました。日本で土壌汚染調査・対策を義務づける制度は、東京都が国よりも先に条例を制定し、国が後を追って土壌汚染対策法を制定したという経緯を思い出しました。現在、東京都が排出権取引制度を実施しているのを、いずれは国が後を追うということが、また起こるかもしれません。
日本ではカーボンプライシングに関する議論がなかなか進まない中で、世界では「1.5℃特別報告書」を契機として、脱炭素の流れが急加速しています。そんな中で、私たちが知っておくべきこと、考えるべきことは何か。
次回からカーボンプライシングに関して、専門家の詳しいお話をご紹介します。
【参考資料】
環境省ホームページ
カーボンプライシングのあり方に関する検討会(平成29年~平成30年)
カーボンプライシングの活用に関する小委員会(平成30年~)
この記事は
DOWAエコシステム 環境ソリューション室
西山 が担当しました